パリの東から

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バッハ「無伴奏チェロ組曲」第6番について
第6番の最大の問題「無視されたシャープ」については別記事として書いた。まだ読んでいない人はまずはそちらを読んでいただきたい。

ここではその他の問題を取り扱うことにする。

(バッハ「無伴奏チェロ組曲」第6番の横山版はこちら

プレリュード
、第91小節、これはぼく自身もうっかり見逃してしまっていたのだが、最後の音はAではなくG(ト長調版では、DではなくC)である。つまりここでドミナント7の和音になって、次のDの和音へと流れ込んで行くのである。このG音は次の小節の2拍目の最後の音F#に、1オクターヴ低くではあるが解決される(下のアンナ・マグダレーナの筆写譜の右端の音)。

ここは4つの筆写譜すべてがGであるのだが、パリ初版譜が前の小節と同じAにして以来、ドッツァウアー、旧バッハ全集と引き継がれ、悪い習慣がはびこってしまった。

アンナ・マグダレーナ、初めはアルト記号であることに注意
6 Prelude AMB

ケルナー
6 Prelude 91 Kellner

C資料(D資料も同じ)
6 Prelude 91 C

それにしても何と新鮮で素晴らしい響きであることか!これよりも美しいドミナントの7度音を他に知らない。少し強調して弾くとよいだろう。

このGを採用しているのは今まで調べた限り、横山版の他はヘンレ版のみである。4つの筆写譜すべてがGを記しており、また音楽的にも自然で美しいこのGを、たまたまパリ初版譜が勘違いか凡ミスでAにして以来、全く修正しないで今日まで放っておいたとは、何という怠慢であろうか。

追記

バズレール版もGになっていました。バズレール(Paul Bazelaire, 1886–1958)は20世紀前半のフランスを代表するチェリスト。


サラバンド
、これは「勘違いされたスラー」とでも言おうか。第29小節、アンナ・マグダレーナの筆写譜では、1拍目(2分の3拍子なので1拍は2分音符)の最後の16分音符と、2拍目の始めの4分音符はタイで結ばれている。

6 Sarabande AMB 3

このスラーは、1拍目の後半のE-F#-Gの3つの音にかかるものが後ろにずれて書かれたのだと思われて来たが、実はずれてはおらず(ただし音符から離れてはいるが)、上記のとおり1拍目と2拍目を結ぶタイなのである。バスが1拍目と3拍目にしかないことから分かるが、2拍目はこの小節では弱拍であり、ここでGの音を2つに分ける必然性はないのである。サラバンドは基本的に2拍目は強拍であるが、いつもそうとは限らないのである。

このようなシンコペーションが不自然だというなら、かの「G線上のアリア」(管弦楽組曲第3番、第2曲)にそっくりな例があることを思い出してみよう(終りから2小節目)。音価は半分になっているが、調もニ長調で同じだし、E-F#-Gという音の並びも同じである。(楽譜はト音記号)

Aria 2

ロストロポーヴィッチはビデオでこのタイを付けている。この曲の本来の性格とは違う演奏だとは思うが、このタイを見逃さないとは、さすがはロストロポーヴィッチである。

サラバンドは3分30秒から。問題の箇所は6分あたり



ジーグ、第18小節後半、主題がニ長調からイ長調に移って2回目の登場をするところであるが、ヘンレ版、ウィーン原典版など最近の版はどういうわけか、ここをアンナ・マグダレーナおよびC、D資料に従って8分音符3つの形を選んでいる。

アンナ・マグダレーナ
6 Gigue AMB

しかしこれはおそらくアンナ・マグダレーナのミスであろう。この形はあまりにも貧しく、また不自然であり、ケルナーの音形、すなわち主題の1回目の登場と同じ形からわざわざこのようなマイナスの方への改訂をするとはとても思われないのだ。

ケルナー
6 Gigue Kellner

多分この場合小節後半を記憶して書き写したのだろうが、その際小節前半のリズムにつられて記憶が変形してしまったのだとぼくは推測している。

CおよびD資料がアンナ・マグダレーナと同じであることはアンナ・マグダレーナを正当化する役には立たない。C、D資料はアンナ・マグダレーナ系統の資料だからである。つまりここではケルナーとアンナ・マグダレーナの2つの資料の相違があるだけである。この点からも資料の系統を正しく知ることは重要である。

続く

<関連記事>

無視されたシャープ(無伴奏チェロ組曲第6番、ガヴォット)
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第6番、ト長調版について

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  1. 2013/03/08(金) 19:56:33|
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