パリの東から

装飾音、テンポ、強弱記号(バッハ「無伴奏チェロ組曲」)
「無伴奏チェロ組曲」の各資料を比較していて気づくのは、ケルナーでは書かれていた装飾音、テンポ、強弱記号が、アンナ・マグダレーナではなくなっていることが多いということだ。

無伴奏チェロ組曲のテンポ表示なんて見たことがない、という人がほとんどだろうが(編集者が自分の考えで書いたのはもちろん除く)、ケルナーには2つある。第3番のプレリュードにPrestoと書かれており、また第6番のアルマンドにはAdagioとある(ただしその前のプレリュードの終わりに「アルマンド アダージオに続く」と書かれている)。

また強弱記号も、アンナ・マグダレーナでは第6番のプレリュード以外では書かれていないのだが、ケルナーでは第2番のプレリュードのフェルマータのあと、第49小節と第50小節にそれぞれP、Fとある。次に第3番の第2ブーレの頭にpianとある(oがない)。
また第4番の第1ブーレの第45小節の2拍目の裏にP、次の小節の2拍目に(実際には前と同じく2拍目の裏だろう)Forteとある。アンナ・マグダレーナとは逆に、第6番のプレリュードに強弱記号はない。

さらにトリルなどの装飾記号はケルナーの方が圧倒的に多い。

横山版バッハ「無伴奏チェロ組曲」楽譜においては、最初のうちはこれらをアンナ・マグダレーナにはないという理由で書き入れなかったのだが、奏者に大いに参考になると思い、現在これらを記入するよう改訂を進めている。

それにしてもなぜ、ケルナーにはあるこれらの表示がアンナ・マグダレーナにはないのだろう?ケルナーは作曲の勉強として、極めて忠実にバッハの楽譜を筆写していると思われる。もちろんミスがあるのは仕方のないことだが、自分で勝手にこれらの表示を書き入れたとは考えられない。これらの表示はバッハ自身によるものと考えて間違いないだろう。

アンナ・マグダレーナは書き落としたのだろうか?

想像するに、バッハは無伴奏チェロ組曲を清書する際に、一人前の音楽家にはわかりきったことなので、これらの表示を不要なものとして書かなかったのではないだろうか?特に装飾音は奏者に任されていたのだから、ここだけは必ずというところを残して、あとはごっそり削ったのではないだろうか?

ところでケルナーでもアンナ・マグダレーナでもなく、バッハ自身が書いた速度表示がある。第5番のプレリュード、と言ってもバッハ自身がリュート用に編曲した版の方だが、フーガの始まるところ(第27小節)にフランス語でTres viste(とても速く)と書いているのだ。これも大いに参考になるだろう。


ついでに「無伴奏チェロ組曲」の各曲を拍子記号別に分けてみよう。テンポを考える際の参考になるだろう。拍子記号はアンナ・マグダレーナに従い、ケルナーで異なる場合はカッコ内に示した。

C(4分の4拍子)

第1番 プレリュード
第2番 アルマンド
第3番 アルマンド
第4番 ブーレ2(¢)
第6番 アルマンド

¢(2分の2拍子)

第1番 アルマンド
第3番 ブーレ1、2
第4番 プレリュード、アルマンド、ブーレ1
第5番 プレリュード第1部、アルマンド、ガヴォット1、2
第6番 ガヴォット1

4分の3拍子

第1番 クーラント、サラバンド、メヌエット1、2(分母のない3拍子)
第2番 プレリュード、クーラント、サラバンド、メヌエット1(分母のない3拍子)
第3番 プレリュード、サラバンド
第4番 クーラント、サラバンド
第5番 サラバンド
第6番 クーラント

2分の3拍子

第5番 クーラント
第6番 サラバンド

8分の3拍子

第2番 ジーグ
第3番 ジーグ
第5番 プレリュード第2部、ジーグ

8分の6拍子

第1番 ジーグ
第6番 ジーグ

8分の12拍子

第4番 ジーグ
第6番 プレリュード

分母のない3拍子

第2番 メヌエット2
第3番 クーラント

分母のない2拍子

第6番 ガヴォット2 

この分母のない拍子は興味深い。曲想から考えて、分母がある場合より若干速目として間違いないだろう。また、同じ4分の3拍子と言っても、プレリュード、クーラント、サラバンド、メヌエットの場合でそれぞれ別に考えなければならないのは言うまでもない。

また、ジーグには3通りの拍子記号があるが、分子が大きいほど速くなると考えていいだろう。つまり8分の3拍子である2番と3番と5番が一番遅く、続いて8分の6拍子の1番と6番、一番速いのが8分の12拍子の4番というわけである。と言ってもあまり杓子定規に考えるべきではない。同じ8分の3拍子とはいえ、2番と3番と5番とでは微妙に違いがあるだろうし、1番と6番とでも、より音符の細かい6番の方が幾分ゆったりするだろう。

あるチェリストが4番のジーグをめちゃくちゃ速く弾いているのを聞いたが、音楽もへったくれもない。この穏やかで平和に満ち溢れた組曲がぶち壊しである。多分彼は上に書いたことからそう弾くべきだと思ったのだろうが、こういうのを杓子定規と言うのである。

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  1. 2013/01/22(火) 16:44:01|
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