パリの東から

バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番の2つの大きな問題、「無視された重弦」「無視された半小節」については別記事で述べた。ここではその他の問題に触れようと思う。

(横山真一郎 編集の「無伴奏チェロ組曲」第1番(スラーなし)の楽譜はこちら。無料です。)

プレリュードの第22小節2拍目、最初の音は昔のいくつかの版ではAではなくB(♮)になっている。これが最初に出て来るのは1824年のパリ初版譜であるが、楽譜を作っている過程で起こった単なるミスに過ぎないと思われるのだが、どういうわけかその直後に出版されたドッツァウアーの版(1826年)でもBになっており、あろうことか1879年の旧バッハ全集でもこれを採用してしまっている。

パリ初版譜から。ここでは3拍目の低いCにまでシャープが付いている。
1 Prelude Norblin

少なくとも現存する4つの筆写譜にはこの音はないのだし、ドッツァウアーはパリ初版譜とケルナーを資料として楽譜を作っており、また旧バッハ全集はケルナーとアンナ・マグダレーナの両方の筆写譜を資料としているはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか、まったくもって謎である。

さらに1900年のクレンゲル版にまでその痕跡が残ってしまっているが、さすがにその後の出版譜でこれを採用したものはなさそうで、今日これを弾く人はまずいないだろうが、旧バッハ全集版はDOVERから出ているし(ガンバ・ソナタが併載されている)、クレンゲル版もまだ出版されているようだから、一応注意を促しておく。

第26小節3拍目、最近はほとんどの奏者がここを正しくC#-B♮-A-B♭と弾いているが、たまにC#-B♭-A-B♭と弾く演奏に出会うと、そこでもうその先を聞く気がしなくなる。パリ初版譜、ドッツアーから旧バッハ全集を経て、ヴェンツィンガー、そしてジャンドロン(!)にまで至る悪しき習慣である。
ここは4つの筆写譜が一致して前者であって、議論の余地はない。

サラバンドの第11小節、ほとんどすべての版のトリルは2拍目の8分音符上についていると思うが、これは間違っている。ケルナーもアンナ・マグダレーナもその次の16分音符につけているのだ。

ケルナーの筆写譜(裏写りか向かい合わせのページが写ったのか、見にくいが)
1 Sarabande Kellner

アンナ・マグダレーナの筆写譜
1 Sarabande AMB

この小節と次の第12小節とでヘミオラ(2小節合わせて、2分音符を1拍とする大きな3拍子)になっていることを考えると、このトリルの位置は正しい。8分音符上では無意味なアクセントが2拍目についてしまってヘミオラの効果が損なわれてしまうからだ。

教訓、トリルは長い音だけにつくとは限らない。

ロストロポーヴィチは「無視された半小節」同様、ビデオでこの正しいトリルを弾いている。

メヌエット2
のE♭は昔から議論の対象であった。つまり第3小節と第7小節それぞれの最後のE音のことである。この第2メヌエットはト短調ではあるが、昔からの習慣に従って調号は♭一つだけである。ここからして問題が起こりやすそうである。

さて、ケルナーの筆写譜ではどちらのEにも♭がついているが、アンナ・マグダレーナでは最初の方には臨時記号は何もなく、あとの方にだけ♮がついている。はてさてこれだけではどうにも決めかねるのだが、無理やり推理すると、確かにバッハは最初はケルナーの書いたようにどちらも♭にしたのだが、あとになってそれではやや平凡だと思って、あとの方だけ♮にしたのではないだろうか?

そしてアンナ・マグダレーナは最初の方の臨時記号を書くのを忘れた。あるいはバッハ自身が清書した時に♭を書き落としたのかもしれない。

いずれにせよ、第2メヌエットの最初の8小節の低音の動きは、1小節1音とするとG-F-E(♭)-Dが2回繰り返されることになるのだが、2回目のEは第8小節最後のF#の2分音符に引っ張られてE♮の方が自然に感じられる。

参考にしようとC資料とD資料を見ても、C資料はアンナ・マグダレーナと全く同じだし、D資料の方ときたら、最初の方のEには横に何やらわからない記号が書いてあるし、あとの方は何とCらしき音が書いてあり、そのあとそれを消したような跡まであって、かなり混乱しているのである。

結局3種類のパターンが考えられるし、実際3種類の演奏を聴くことができる。

1、E♭ - E♭(ケルナー)
2、E♮ - E♮(アンナ・マグダレーナ)
3、E♭ - E♮(旧バッハ全集など)

ぼくとしては初めは2だと思っていたのだが、だんだんと3ではないかと思い始めている訳である。みなさんの考えは?

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テーマ:チェロ - ジャンル:音楽

  1. 2012/12/29(土) 17:26:42|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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