パリの東から

無視されたフォルテ(ベートーヴェン交響曲第1番)
ベートーヴェンの交響曲第1番の第4楽章のコーダで、ピアノで始まった第1テーマが突然フォルテになる所がある(第246小節、楽譜によっては提示部の繰り返し括弧を含めるために第248小節となっている)。

ベートーヴェンの交響曲第1番の自筆譜は失われている。下の画像は初版譜であるが、上段右端の小節が問題の箇所。

Beethoven Sym 1

後の楽譜と比較しやすいように、楽譜ソフトで作成した。

Beethoven Sym 1

これに一体何の問題があるというのか、ぼくにはさっぱりわからないが、ベーレンライター社から出ているベートーヴェン交響曲集の原典版では、この場所が次のように「修正」されている(スタッカートの点やくさびなどの細かい事についてはここでは言及しない)。

Beethoven Sym 1 4th mov urtext


第1ヴァイオリンとフルートに第246小節の頭から付けられていたフォルテが、2拍目の2つ目の16分音符にずらされてしまっているのである。 

一体どんな資料に基づいてこのような「修正」が行なわれたのか、私は校訂報告を見ていないのでわからないが、もしこの楽譜の校訂を行なったデル・マー氏が勝手な自分の音楽的判断で行なったのならとんでもない暴挙だし、もし何らかの資料にもとづいているのなら、その資料が間違っているのである。
いずれにせよ、楽譜の校訂には最終的には校訂者の音楽的判断が付きまとうので、デル・マー氏の音楽的判断の誤りと言って間違いない。

この場所は、すでに3回も(提示部を繰り返すとして)ずっとピアノで演奏されて来た第1テーマが、突然予期しない場所でフォルテになって聞く人をびっくりさせるところである。ハイドンのびっくりシンフォニーみたいなものである。
まことにユーモアのある楽しい場所なのに、ベーレンライターの楽譜のおかげでこの場所が台無しになってしまった演奏が広まっている。いやこの場所だけでなく、この交響曲全体が台無しにされていると言っていいと思う。

大体第1ヴァイオリンとフルートで演奏されるメロディーがピアノのままなのに、伴奏である第2ヴァイオリン以下の弦楽器がフォルテで16分音符をきざむなどということがどれほどナンセンスか、ちょっと考えたらわかるではないか。それにここはそれまでとはオーケストレーションも違っているのである。フルートが第1ヴァイオリンの1オクターブ上で重ねられているし、チェロとコントラバスが第2ヴァイオリンとヴィオラと同じように16分音符を刻んでおり、何かが起こりそうな気配を漂わせている。

さらに言えば、第246小節の頭からフォルテになる、つまりフレーズの途中で唐突にフォルテになるからこそ必然性があるのであって、2番目のフレーズからフォルテになるのでは何の必然性も感じられないのである。

ベーレンライターの楽譜を使ってこの曲を演奏される方は、この場所にくれぐれも気をつけて、決して楽譜に従わないようにしましょう

しかしこの問題のそもそもの元凶はワインガルトナーである。彼は「ある指揮者の提言」(日本語訳43ページ)で勝手にここはベートーヴェンの不注意による誤りだとして(!)修正を施したのである(第246小節をピアノで始めてクレッシェンドして第247小節からフォルテにする。フルートと第1ヴァイオリンは16分音符からフォルテ)。

自分に理解できないからといって、ベートーヴェンが間違っているというのだから、全くひどい話である。


べーレンライター版による間違った演奏の一例(8分5秒当たり)。
注)あくまで楽譜の間違いの例として取り上げているのであって、演奏の良し悪しについて言っているのではありません(演奏者の皆さん、申し訳ありません)。




旧来のブライトコプフ・ウント・ヘルテル版(おそらく)による正しい演奏の一例(8分20秒当たり)。




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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2010/10/09(土) 15:54:34|
  2. 楽譜
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント
まったくです!
突然お邪魔します。
この記事を読んで
まったく同感なので
おもわずコメントしてます。

そうなんですよね。
ここのフオルテの位置が
変わってしまったのは
残念です。
ヘンレ版なんか、
2ndVn以下のフォルテの位置も
1stVnと同じところのあるんですよ!
YOKOYAMAさんがおっしゃるように
これだと効果激減ですよね。

学者さんたちは
フレーズ中心で解釈したのかも
しれませんが、
ベーレンライターもヘンレも
初めて見た時、
がっかりしたのを
思い出します。
「自分が間違ってたのか…」
と落胆したぐらいだったのです。
ですから、
今回の記事は
胸がすく思いでした。

これからも
ここで勉強させていただく
と思います。
よろしくお願いします。



  1. 2010/10/10(日) 15:50:56 |
  2. URL |
  3. 水口 峰之 #-
  4. [ 編集]
実は
初めまして。
実は水口さんのサイトは何回か訪問していまして、コメントを残そうかと思っていたところだったのです。
こちらこそ非常にいい勉強をさせていただいています。

この問題に関しては、元凶はワインガルトナーの「ある指揮者の提言」にあると思います。デル・マー氏も、ヘンレ版の校訂者もみんなこれを読んでいるでしょうから。

この本の43ページで彼は「この小節の最初のe音のフォルテは、まったく説明できない突然のアクセントを主題に与えるのであるが、私はこれは作曲者のちょっとした不注意による誤りであると思っている、、、」なんて書いてあるんですね。

「まったく説明できない突然のアクセント」こそベートーヴェンの意図したものだということがどうしてわからなかったのか、不思議でならないですね。

あ、ところでついでながら、ぼくの吹奏楽のための「序曲と祭り」聴いていただけたら嬉しいです(笑)。
http://estparis.blog108.fc2.com/blog-entry-16.html
  1. 2010/10/11(月) 23:11:19 |
  2. URL |
  3. 横山真一郎 #EBUSheBA
  4. [ 編集]

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