パリの東から

ケルナーによるバッハ作品の筆写譜
何度も書いているように、バッハの「無伴奏チェロ組曲」の自筆譜は行方不明で、バッハの妻アンナ・マグダレーナと、オルガニスト、ヨハン・ペーター・ケルナーによる筆写譜が、バッハの自筆譜から直接写したものとして残っている。

既にこのブログの記事でたくさん使用しているように、アンナ・マグダレーナによる筆写譜は、美しいカラー版のファクシミリが、 バッハ・デジタル およびIMSLPで公開されているが、ケルナーに関しては公開されていないので、バッハ・デジタルに問い合わせようと思っていたのだが、ふと、ケルナーの筆写譜が保管されているベルリンの国立図書館のサイトで探してみたら、これが何と、あったのだ

Ms Kellner color 4

ケルナーはバッハの作品を多数写譜しており、それは400ページにも及ぶ。その中にはケルナーによってのみ伝えられる作品もあり、大変に貴重なものである。それらはケルナーの息子によって一冊の本にまとめられており(その際、楽譜のふちが切り取られるという乱暴な処置がなされているが)、それがなんと丸ごとインターネットで見ることができるのである。もはやベーレンライター社の、あの裏写りによって大変に読みにくい白黒のファクシミリの時代は完全に終わったのである。

こちらからご覧下さい。
http://digital.staatsbibliothek-berlin.de/werkansicht/?PPN=PPN779693876&PHYSID=PHYS_0257

左側にあるメニューからケルナーの写譜したバッハの作品を選ぶことができる。もちろん前の前の記事で書いた「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の筆写譜もある。何とありがたい時代になったことか。バッハの「無伴奏チェロ組曲」を研究する者は、自宅に居ながら最良の資料を利用することができるようになったのである。

(追記、
なお現在のIMSLPにはこのカラーのケルナーの筆写譜が掲載されているが、これはこの記事を書いた後のことであり、おそらくぼくが校訂者注にこのカラーのケルナーの楽譜を使用したことに気づいて、他の人がアップロードしたものと思われる)


ところでケルナーの写譜した「無伴奏ヴァイオリン」に関して奇妙なことがある。それはケルナーが「無伴奏ヴァイオリン」の全てを写譜していないことである。「無伴奏チェロ」に関しても、第5番のサラバンドと最初の9小節を除いたジグが欠けているが、これをぼくはバッハがまだ書いていなかっただけだと考えているが、同様のことが「無伴奏ヴァイオリン」にも見られるのである。

「無伴奏ヴァイオリン」のバッハの自筆譜には1720年という年が記されており、これはこの清書楽譜を作成した年と考えられる。ところがケルナーが写譜したのは1726年なのである。にもかかわらず、曲の配列が違うし、何と現在のパルティータ1番(ロ短調)が丸々無いのである。

バッハの自筆譜による曲の配列。

1、ソナタ   第1番(ト短調)
2、パルティータ第1番(ロ短調)
3、ソナタ   第2番(イ短調)
4、パルティータ第2番(ニ短調)
5、ソナタ   第3番(ハ長調)
6、パルティータ第3番(ホ長調)

ケルナーの筆写譜による曲の配列。

1、ソナタ第1番(ト短調)
2、ソナタ第2番(イ短調)
3、ソナタ第3番(ハ長調)
4、パルティータ(ホ長調)(プレリュード、ガヴォット、メヌエットのみ)
5、パルティータ(ニ短調)(サラバンド、ジグ、シャコンヌのみ)

興味深いことは、かのシャコンヌが最後だということであるが、これはどういうことだろう?もともとの曲の配列がケルナーの筆写譜のとおりだったのだろうか?また2つのパルティータが一部の曲しかないのはどうしてだろう?

おそらくケルナーが写譜するに際して、バッハは清書楽譜は貴重なため、草稿をケルナーに渡したのではないだろうか?ぼく自身この研究を始めたばかりだが、すでにソナタ第1番の冒頭のアルマンドに、ケルナーのミスではないバッハの清書との違いを見つけた。

だとしたら「無伴奏チェロ」の場合も、曲はすでに出来上がっていたのだが、清書楽譜が貴重なため草稿をケルナーに渡したのだろうか?いろいろと想像は膨らむばかりである。

追記

バッハ研究者、富田庸氏による非常に示唆に富む文を見つけた。これは「平均律クラヴィーア曲集第1巻」について書かれたものである。http://www.music.qub.ac.uk/~tomita/essay/wtc1j.html

<以下引用、赤字は横山による>
さて、そうして1722年までに初期稿が完成し、最終版として自筆浄書譜が確固たる信念に基づいて記されることになる。その後20年以上も大切に使用され、小さな改訂が継続的に加えられていくことになったが、その堂々とした筆致には、バッハが如何に精魂を傾けて書き上げたかが容易に読み取れる。巻末にはバッハの浄書譜の最後によく見られる『神のみに栄光あれ』(S.D.G)というサインがしてある。バッハがこの時点で出版を考慮した形跡はない。弟子が学習のために必要な場合には、バッハは初期稿に手を加えては貸し、この浄書譜は約20年もの間、弟子には使わせなかった。そういう知られざる史実が弟子の筆写譜に証拠となって存在する。
<引用終わり>

同様のことが「無伴奏ヴァイオリン」や「無伴奏チェロ」に関しても、あったのではないだろうか?

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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

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  1. 2014/04/24(木) 00:51:00|
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