パリの東から

バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番のスラー
(バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番のスラーあり楽譜ができました。
こちらからどうぞ。)

バッハ「無伴奏チェロ組曲」のスラーあり版の楽譜を作り出したが、作るに際して、できる限りバッハの自筆譜に近い楽譜作りを目指した。言葉を変えるなら、バッハの自筆譜を復元するということである。

しかしもちろん完全な復元は有り得ない。なぜなら残された資料があまりに不完全だからである。残された筆写譜は4つあるが、そのうちバッハの自筆譜から直接書き写されたのは、ケルナーによるものと、アンナ・マグダレーナ・バッハによるものの2つだけだが、両者とも弓奏弦楽器の奏者ではなかったために、スラーの書き写しが極めてあいまいなのである。

しかも両者がともにバッハの自筆譜から書き写したと言っても、ケルナーはバッハの草稿から、アンナ・マグダレーナはバッハの清書楽譜という異なる原稿から写譜したことはほぼ間違いない。つまりケルナーとアンナ・マグダレーナとの間に食い違いがあったとしても、それが書写しのミスあるいはあいまいさによるものなのか、バッハの原稿からして違いがある(つまりバッハ自身が変更した)ためなのか、しばしば分からないのである。

残りの2つの資料(C資料、D資料と呼ばれる)は、アンナ・マグダレーナの筆写譜を先祖とした後世のもので、弦楽器的にはよりしっかりしたスラーになっているが、これにはおそらく弦楽器の素養がある者の手が加わっており、実用的ではあるが、バッハの自筆譜の復元という点では役に立たないのである。

結局はどのように頑張っても、校訂者の想像するバッハの自筆譜とならざるを得ないわけだが、それでもぼくが見た限り、案外この視点を持った楽譜は、新・旧バッハ全集などを除いて、これまでにほとんどなかった。たいていは「自分はこう弾く」という提案である。

横山版は「バッハはこう書いていたであろう」という提案である。ただしその提案は場所によっては一つというわけには行かず、こうも考えられるし、ああも考えられると、いくつも提案せざるを得ないし、時にはそのどれもが正解ではないかも知れない。誠に頼りないことだが、資料が頼りないので仕方がない。

横山版スラーあり楽譜が、スラーなし楽譜とともにユニークな存在になってくれることを願う。


プレリュード

何せ、のっけからこれである。

アンナ・マグダレーナ
1 Prelude AMB

誰がどう見たって、3つ目と4つ目の16分音符にスラーがかかっている。しかも完璧なまでに。しかしやはりこれは第2小節以降と同じように、最初の3つの16分音符にかかっているのがずれたのであろう。というのは第1小節だけそれ以降と異なるというのはおかしいし、このような3つの弦にまたがるアルペジオにスラーがかかるのは、バッハのヴァイオリン作品に無数に見られるからだ。

バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」第1番フーガ、第70小節より(自筆譜)
この例は「無伴奏チェロ」にかなり似ている
Violin Sonata 1 Fuga

またケルナーの筆写譜では第2小節以降と変わらない。ただし全体的に4つの16分音符にかかっているように見えるため、ディミトリー・マルケヴィッチなどのように、4つにスラーをかけた楽譜を作っている人もいる。

ケルナー
1 Prelude Kellner


アルマンド

アルマンドは組曲第1番の中でスラーを決定するのが最も難しいが、その中でもとりわけ冒頭の2小節は困難である。それはおそらくこの曲が非常に自由に書かれているためでもあろう。全く同じ音形の繰り返しがほとんどなく、似てはいても必ずどこかが違うのである。第11小節と第12小節は完全な相似形(ゼクエンツ)になっており、極めて例外的である。

ケルナー
1 Allemande Kellner

アンナ・マグダレーナ
1 Allemande AMB

ケルナーは何やらふにゃふにゃした曲線でどこからどこまでかかるのかはっきりしないし、マグダレーナは第1小節には1拍ごとにスラーがかかっているように見えるが、第2小節では全くスラーがない。この混沌の中から何を作り出すか、答えはまだ見つかっていない。いっそのこと、この2小節間は全て4分音符2つずつスラーでつないでしまうというのも可能かもしれない。

第3小節の前半に関しては、ケルナーとアンナ・マグダレーナが珍しくほぼ一致しており、小節頭から数えて3つ目から5つ目までのG-F#-Gの3つの音にかかっていると考えていいだろう。

いずれにせよ、ここはバッハが書いたスラーを復元するのは不可能に近く、それよりも次のような和声進行を心に描くことのほうが大事だろう(ここに限った話ではないが)。

1 Allemande

続く


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  1. 2014/04/22(火) 20:35:25|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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