パリの東から

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「小さなセレナーデ」初演時の映像
こんな映像があることをすっかり忘れていた。

うまく行っていないところも多々あるけれど、さすがに初演だけあって、新鮮です。
この時は、この曲がその後世界的に演奏されるようになるとは夢にも思っていなかった。

その後何回か書き換えたので、現在の版(第3版)とは一部異なるところがあります。



オーケストラはこの時だけの「パルナス・オーケストラ」。
指揮者はちょっと左手を右手と一緒に振り過ぎだな(笑)。

2007年3月25日、パリ、モンパルナスにある、聖ベルナール礼拝堂にて。

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  1. 2014/04/28(月) 06:49:44|
  2. 横山真一郎作品
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バッハ「無伴奏チェロ組曲」第3番について
~B♭か、Cか?~

第3番は比較的問題が少ないようだが、サラバンドの第7小節の2拍目最後の16分音符は昔から意見の分かれるところである。昔も昔、何しろバッハの生きていた時から(!)である。ある意味「無伴奏チェロ組曲」で最も意見の分かれる音であるかもしれない。

ここはアンナ・マグダレーナははっきりとBを書いているが(ただし♭は書かれていない)、ケルナーは音符の位置はまぎれもなくBでありながら、加線が付いているのである。

アンナ・マグダレーナ
3 Sarabande AMB

ケルナー
3 Sarabande Kellner

兄弟のようなC資料とD資料の間でも意見が分かれていて、C資料はC、D資料はB♭を採用している。ヴェンツィンガー版など出版譜の多くはCだが、アレクザニアン、フルニエ、トルトゥリエなど、アンナ・マグダレーナを尊重してB♭にしている楽譜もある。

これはおそらくバッハ自身はB(♭)を書いたのだろう。しかしながら、B♭と次のE♭の4度の跳躍がやや特異に感じられるため、Cの書き間違いではないかと考え、ケルナーは後から加線を付け加えたのだと思う。C、D資料の違いに関しては、両者の親資料である仮説上のG資料はBになっていたのだが、D資料はそれをそのまま写したが、C資料ではやはり4度跳躍を不自然に思って、Cにしたのではないかと思う。

この4度跳躍は確かにやや特異ではあるが、それゆえに美しいと思う。Cだとなめらかではあるが、和音の移り変わりが早すぎるのだ。それに旋律的に考えて、1拍目と2拍目の終わりの音が共にCになるのは非常に野暮ったく、凡庸である。B(♭)ならば、1拍目の16分音符のB♭-Cと2拍目のA-B(♭)が対になっていることが分かり、明快である。

また和声的には、ここは単純に1拍1和音と考えればいいと思う。つまり1拍目はC#-G-A(ドミナント7の和音の第1転回形)、2拍目はD-G-B♭(四六の和音)、3拍目はD-F#-E♭(ドミナント9の和音)である。つまり2拍目真ん中のAは単なる刺繍音というわけである。


続く

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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ


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  1. 2014/04/26(土) 19:13:19|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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ケルナーによるバッハ作品の筆写譜
何度も書いているように、バッハの「無伴奏チェロ組曲」の自筆譜は行方不明で、バッハの妻アンナ・マグダレーナと、オルガニスト、ヨハン・ペーター・ケルナーによる筆写譜が、バッハの自筆譜から直接写したものとして残っている。

既にこのブログの記事でたくさん使用しているように、アンナ・マグダレーナによる筆写譜は、美しいカラー版のファクシミリが、 バッハ・デジタル およびIMSLPで公開されているが、ケルナーに関しては公開されていないので、バッハ・デジタルに問い合わせようと思っていたのだが、ふと、ケルナーの筆写譜が保管されているベルリンの国立図書館のサイトで探してみたら、これが何と、あったのだ

Ms Kellner color 4

ケルナーはバッハの作品を多数写譜しており、それは400ページにも及ぶ。その中にはケルナーによってのみ伝えられる作品もあり、大変に貴重なものである。それらはケルナーの息子によって一冊の本にまとめられており(その際、楽譜のふちが切り取られるという乱暴な処置がなされているが)、それがなんと丸ごとインターネットで見ることができるのである。もはやベーレンライター社の、あの裏写りによって大変に読みにくい白黒のファクシミリの時代は完全に終わったのである。

こちらからご覧下さい。
http://digital.staatsbibliothek-berlin.de/werkansicht/?PPN=PPN779693876&PHYSID=PHYS_0257

左側にあるメニューからケルナーの写譜したバッハの作品を選ぶことができる。もちろん前の前の記事で書いた「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の筆写譜もある。何とありがたい時代になったことか。バッハの「無伴奏チェロ組曲」を研究する者は、自宅に居ながら最良の資料を利用することができるようになったのである。

(追記、
なお現在のIMSLPにはこのカラーのケルナーの筆写譜が掲載されているが、これはこの記事を書いた後のことであり、おそらくぼくが校訂者注にこのカラーのケルナーの楽譜を使用したことに気づいて、他の人がアップロードしたものと思われる)


ところでケルナーの写譜した「無伴奏ヴァイオリン」に関して奇妙なことがある。それはケルナーが「無伴奏ヴァイオリン」の全てを写譜していないことである。「無伴奏チェロ」に関しても、第5番のサラバンドと最初の9小節を除いたジグが欠けているが、これをぼくはバッハがまだ書いていなかっただけだと考えているが、同様のことが「無伴奏ヴァイオリン」にも見られるのである。

「無伴奏ヴァイオリン」のバッハの自筆譜には1720年という年が記されており、これはこの清書楽譜を作成した年と考えられる。ところがケルナーが写譜したのは1726年なのである。にもかかわらず、曲の配列が違うし、何と現在のパルティータ1番(ロ短調)が丸々無いのである。

バッハの自筆譜による曲の配列。

1、ソナタ   第1番(ト短調)
2、パルティータ第1番(ロ短調)
3、ソナタ   第2番(イ短調)
4、パルティータ第2番(ニ短調)
5、ソナタ   第3番(ハ長調)
6、パルティータ第3番(ホ長調)

ケルナーの筆写譜による曲の配列。

1、ソナタ第1番(ト短調)
2、ソナタ第2番(イ短調)
3、ソナタ第3番(ハ長調)
4、パルティータ(ホ長調)(プレリュード、ガヴォット、メヌエットのみ)
5、パルティータ(ニ短調)(サラバンド、ジグ、シャコンヌのみ)

興味深いことは、かのシャコンヌが最後だということであるが、これはどういうことだろう?もともとの曲の配列がケルナーの筆写譜のとおりだったのだろうか?また2つのパルティータが一部の曲しかないのはどうしてだろう?

おそらくケルナーが写譜するに際して、バッハは清書楽譜は貴重なため、草稿をケルナーに渡したのではないだろうか?ぼく自身この研究を始めたばかりだが、すでにソナタ第1番の冒頭のアルマンドに、ケルナーのミスではないバッハの清書との違いを見つけた。

だとしたら「無伴奏チェロ」の場合も、曲はすでに出来上がっていたのだが、清書楽譜が貴重なため草稿をケルナーに渡したのだろうか?いろいろと想像は膨らむばかりである。

追記

バッハ研究者、富田庸氏による非常に示唆に富む文を見つけた。これは「平均律クラヴィーア曲集第1巻」について書かれたものである。http://www.music.qub.ac.uk/~tomita/essay/wtc1j.html

<以下引用、赤字は横山による>
さて、そうして1722年までに初期稿が完成し、最終版として自筆浄書譜が確固たる信念に基づいて記されることになる。その後20年以上も大切に使用され、小さな改訂が継続的に加えられていくことになったが、その堂々とした筆致には、バッハが如何に精魂を傾けて書き上げたかが容易に読み取れる。巻末にはバッハの浄書譜の最後によく見られる『神のみに栄光あれ』(S.D.G)というサインがしてある。バッハがこの時点で出版を考慮した形跡はない。弟子が学習のために必要な場合には、バッハは初期稿に手を加えては貸し、この浄書譜は約20年もの間、弟子には使わせなかった。そういう知られざる史実が弟子の筆写譜に証拠となって存在する。
<引用終わり>

同様のことが「無伴奏ヴァイオリン」や「無伴奏チェロ」に関しても、あったのではないだろうか?

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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

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  1. 2014/04/24(木) 00:51:00|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番のスラー
(バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番のスラーあり楽譜ができました。
こちらからどうぞ。)

バッハ「無伴奏チェロ組曲」のスラーあり版の楽譜を作り出したが、作るに際して、できる限りバッハの自筆譜に近い楽譜作りを目指した。言葉を変えるなら、バッハの自筆譜を復元するということである。

しかしもちろん完全な復元は有り得ない。なぜなら残された資料があまりに不完全だからである。残された筆写譜は4つあるが、そのうちバッハの自筆譜から直接書き写されたのは、ケルナーによるものと、アンナ・マグダレーナ・バッハによるものの2つだけだが、両者とも弓奏弦楽器の奏者ではなかったために、スラーの書き写しが極めてあいまいなのである。

しかも両者がともにバッハの自筆譜から書き写したと言っても、ケルナーはバッハの草稿から、アンナ・マグダレーナはバッハの清書楽譜という異なる原稿から写譜したことはほぼ間違いない。つまりケルナーとアンナ・マグダレーナとの間に食い違いがあったとしても、それが書写しのミスあるいはあいまいさによるものなのか、バッハの原稿からして違いがある(つまりバッハ自身が変更した)ためなのか、しばしば分からないのである。

残りの2つの資料(C資料、D資料と呼ばれる)は、アンナ・マグダレーナの筆写譜を先祖とした後世のもので、弦楽器的にはよりしっかりしたスラーになっているが、これにはおそらく弦楽器の素養がある者の手が加わっており、実用的ではあるが、バッハの自筆譜の復元という点では役に立たないのである。

結局はどのように頑張っても、校訂者の想像するバッハの自筆譜とならざるを得ないわけだが、それでもぼくが見た限り、案外この視点を持った楽譜は、新・旧バッハ全集などを除いて、これまでにほとんどなかった。たいていは「自分はこう弾く」という提案である。

横山版は「バッハはこう書いていたであろう」という提案である。ただしその提案は場所によっては一つというわけには行かず、こうも考えられるし、ああも考えられると、いくつも提案せざるを得ないし、時にはそのどれもが正解ではないかも知れない。誠に頼りないことだが、資料が頼りないので仕方がない。

横山版スラーあり楽譜が、スラーなし楽譜とともにユニークな存在になってくれることを願う。


プレリュード

何せ、のっけからこれである。

アンナ・マグダレーナ
1 Prelude AMB

誰がどう見たって、3つ目と4つ目の16分音符にスラーがかかっている。しかも完璧なまでに。しかしやはりこれは第2小節以降と同じように、最初の3つの16分音符にかかっているのがずれたのであろう。というのは第1小節だけそれ以降と異なるというのはおかしいし、このような3つの弦にまたがるアルペジオにスラーがかかるのは、バッハのヴァイオリン作品に無数に見られるからだ。

バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」第1番フーガ、第70小節より(自筆譜)
この例は「無伴奏チェロ」にかなり似ている
Violin Sonata 1 Fuga

またケルナーの筆写譜では第2小節以降と変わらない。ただし全体的に4つの16分音符にかかっているように見えるため、ディミトリー・マルケヴィッチなどのように、4つにスラーをかけた楽譜を作っている人もいる。

ケルナー
1 Prelude Kellner


アルマンド

アルマンドは組曲第1番の中でスラーを決定するのが最も難しいが、その中でもとりわけ冒頭の2小節は困難である。それはおそらくこの曲が非常に自由に書かれているためでもあろう。全く同じ音形の繰り返しがほとんどなく、似てはいても必ずどこかが違うのである。第11小節と第12小節は完全な相似形(ゼクエンツ)になっており、極めて例外的である。

ケルナー
1 Allemande Kellner

アンナ・マグダレーナ
1 Allemande AMB

ケルナーは何やらふにゃふにゃした曲線でどこからどこまでかかるのかはっきりしないし、マグダレーナは第1小節には1拍ごとにスラーがかかっているように見えるが、第2小節では全くスラーがない。この混沌の中から何を作り出すか、答えはまだ見つかっていない。いっそのこと、この2小節間は全て4分音符2つずつスラーでつないでしまうというのも可能かもしれない。

第3小節の前半に関しては、ケルナーとアンナ・マグダレーナが珍しくほぼ一致しており、小節頭から数えて3つ目から5つ目までのG-F#-Gの3つの音にかかっていると考えていいだろう。

いずれにせよ、ここはバッハが書いたスラーを復元するのは不可能に近く、それよりも次のような和声進行を心に描くことのほうが大事だろう(ここに限った話ではないが)。

1 Allemande

続く


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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

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  1. 2014/04/22(火) 20:35:25|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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バッハ「無伴奏ヴァイオリン」アンナ・マグダレーナの写譜
バッハ「無伴奏チェロ組曲」のスラーあり版を作るにあたって、ぜひ研究しなければならないことがある。それはバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のバッハの自筆譜と、アンナ・マグダレーナおよびケルナーによる筆写譜の比較である。

「無伴奏ヴァイオリン」は「無伴奏チェロ組曲」と同時期に作られたと考えられるが、どちらもバッハの2番目の妻アンナ・マグダレーナと、バッハの弟子(友人とも)であるオルガニスト、ヨハン・ペーター・ケルナーによる筆写譜が残っている。「無伴奏チェロ組曲」のバッハによる自筆譜のみが失われたわけである。

そこで「無伴奏ヴァイオリン」の自筆譜と筆写譜を比較することによってアンナ・マグダレーナやケルナーの写譜する時の癖を知り、「無伴奏チェロ組曲」の校訂、とりわけスラーの決定に役立てようというわけである。この研究は新バッハ全集編集の際に始められたようである。

残念ながらケルナーによる「無伴奏ヴァイオリン」の筆写譜はまだどこにも公開されていないが、アンナ・マグダレーナによるものはバッハ・デジタルによって美しいカラー版ファクシミリが公開されている。
http://www.bach-digital.de/receive/BachDigitalSource_source_00001199?lang=en

(追記、ケルナーの筆写譜もカラー版で公開されていることがわかりました。2つ上の記事を参照下さい)

比較の一例をあげてみよう。
パルティータ第2番のジグ(Giga)であるが、自筆譜では3つの8分音符の最初の2つだけにスラーがかかっているのに対して、アンナ・マグダレーナの筆写譜では3つの8分音符全部にかかってしまっている。この比較は「無伴奏チェロ組曲」第1番のジグの解釈において大いに役立つだろう。

バッハの自筆譜
Partita 2 Giga JSB

アンナ・マグダレーナの筆写譜
Partita 2 Giga AMB

また上の画像において、アンナ・マグダレーナの一番右下に見える6つの16分音符にかかるスラーが、バッハの同じ箇所と比較して、音符一つ分前にずれていることがわかる。

ぼく自身もこの研究を始めたばかりだが、アメリカのチェリストDavid Starkweather氏の研究ビデオをYouTubeで見ることができるので、興味ある方はどうぞ。このビデオではケルナーの筆写譜も資料として利用されている。




この現存するバッハの自筆譜をアンナ・マグダレーナが写譜したことは間違いないだろう。アンナ・マグダレーナがバッハの自筆譜のレイアウトまでなるべく忠実に写そうと努力した跡があるからだ。ただアンナ・マグダレーナの方がほんの少しだけ音符と音符の間が広いため、ほとんどいつも五線が足りなくなって、次の段に移って行ってしまう。しかし何とか取り戻して元に戻しているし、たまにバッハを追い越している時もある。

ただ第2パルティータのシャコンヌの途中からズレが大きくなりだし、収拾がつかなくなって追いつくのを諦めてしまっている。「ああ、もうダメ。もうどうでもいいわ」というアンナ・マグダレーナの声が聞こえて来そうなほど、はっきりと諦めたのがわかるのである。そして最終的にはバッハより2ページ多くなっている。

そして当然のことなのだが、アンナ・マグダレーナが写譜した「無伴奏チェロ」の原稿も、「無伴奏ヴァイオリン」と同等の、最終的なバッハの清書譜だったと考えて良いだろう。このことは極めて重要である。というのは「無伴奏チェロ」の原典版を作る際、どの資料を底本にするかという問題があるからである。


ボウイングについて

基本的にバッハのボウイングは簡潔である。例外は多々あるにせよ、小節の頭はダウンボウで始まる。同じ音形は同じボウイングで弾く。複雑なところはほとんどない。そのことから「無伴奏チェロ」のボウイングも、バッハの自筆譜では簡潔であったと類推していいと思う。


続く

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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

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  1. 2014/04/10(木) 15:54:29|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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無伴奏チェロ組曲のスラーあり版、作成開始
いよいよ、バッハ「無伴奏チェロ組曲」のスラーあり版の作成を開始しました。

とりあえず第1番(ト長調)のプレリュードのみです。
楽譜はブログ別館よりどうぞ。
http://shin-itchiro.seesaa.net/article/393809308.html

スラーなし版は、スラーの決定を放棄することによって、音の決定の問題のみに集中することができ、数多くの画期的な発見をすることになりましたが、自分で、あるいは教師がスラーを書き込まなければならず、誰もが使えるという楽譜ではありませんでした。そのためせっかくの発見もあまり注目されないという問題があったのですが、スラーあり版によって音の問題も改めて注目されて行くのではないかと期待しています。

音の決定は作曲上の問題で、必ずしも演奏しなければ解らないというものではありませんが、スラーの決定は、より演奏上の問題であり、自分自身が演奏することなしにできるものではないでしょう。

従ってスラーあり版の完成は、ぼく自身の演奏の成長と結びついており、ぼく自身にとってより大きな課題となり、時間もかかることと思います。気長にお待ちいただければありがたいです。


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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

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  1. 2014/04/05(土) 01:37:00|
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