パリの東から

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バッハ「無伴奏チェロ組曲」第5番について
無伴奏チェロ組曲第5番の横山版はまだ書き始めたばかりで、遅くとも来年(2013年)6月までには完成させたいと思っているが、非常に興味深い問題があるのでちょっと触れたいと思う。

(第5番のスラーなし楽譜ができました。無料楽譜です、どうぞご利用下さい。こちら。)

ところで、この曲を弾く時は少々めんどくさくてもやはりバッハの指示した通り、A弦を全音低くGに合わせた方がいいだろう。そうしないとこの曲の本来の姿は見えて来ないから。

プレリュード

最初に言っておくと、初めの部分は2拍子である。4拍子でもなければましてや8拍子などではない

さて冒頭、C音のオクターブで強烈に始ったかと思うと、G音からハ短調の音階が駆け昇って行くが、この音階の2番目の音であるAは実はバッハの自筆譜ではA♭であるようなのである。つまり旋律的短音階ではなく、和声的短音階になっているのである。なぜわかるかというと、4つの筆写譜すべてがこのAにナチュラルを付けていないからである。

しかしこれはどうにも不自然に聞こえる。

ところでバッハ自身がこの第5番をリュート用に編曲しており、幸いにもその自筆譜は残っている。そこでこちらではどうなっているかと言うと、この編曲ではト短調に移調されているのだが、ちゃんとE音(チェロ版のA音に相当する)に♮が付けられていて、旋律的短音階の上行形になっているのである。

バッハが楽器の性格を考慮して、チェロ版では和声的短音階にして、リュート版では旋律的短音階にしたということも絶対ないとは言えないが、やはりバッハはここでナチュラルを付け忘れたのだと考える方が自然である。

バッハの頃は調号の書き方が過渡期にあったようで、始めの頃は昔からの習慣に従ってハ短調ならフラット2つで書いていたようである。例えば「平均律クラヴィーア曲集」第1集のハ短調のプレリュードはもともと長男フリーデマンのために書かれた練習曲で、そこではフラット2つで書かれていたが、「平均律」に収録した時にはフラット3つにしている。

しかしバッハはどうも混乱していて、自分が昔からの調号で書いているのか、新しい調号で書いているのか忘れて、短音階の第6音(ハ短調で言えばAの音)の臨時記号を付け忘れることがあったようである。例えば「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ」第1番はト短調だが、昔からの習慣でフラット1つで書かれている。その冒頭のアダージョ第3小節3拍目、低音の8分音符はどう考えてもE♭なのだが、バッハは自筆譜ではフラットを付け忘れている。

ひとつ前の記事で書いた、第1番のメヌエット2のE♭の問題も以上のことを踏まえて考えるべきだろう。


同じくプレリュードの第193小節3つ目の音はGの版がほとんどだが、ケルナーではA♮になっており、リュート版でもE♮(ハ短調ではA♮に相当)なので、間違いなくA♮が正しい。アンナ・マグダレーナでは書き直した跡があるが、これはAをGに直したのではなく、GをAに直したのであり、その際直すことに気を取られてナチュラルをつけ忘れたのだろう。ベーレンライター原典版のヴェンツィンガーはリュート版も参照したというのに、なぜかこの箇所には全く触れていない!

ほかは、C資料もD資料もドッツアーもGだが、おもしろいことにパリ初版譜(1824)ではA♮になっている。資料がそうなっていたのか、資料はGだったのに直感で直したのかはわからないが、おそらく小節最後の音がA♮だったので単純にそれに合わせたのだろう。

ぼくは持っていないのでわからないが、最近のヘンレ版やウィーン原典版などはおそらくA♮になっていることと思う。お持ちの方、お知らせ下さるとありがたいです。
(追記、ヘンレ版はGでした。)


アルマンドの第25小節の最初のバス音について、本当にぼくには信じられないのだが(これも単独の記事にしたいくらいだが)、ほとんどの版がB♭になっている。

なぜ?なんで?どうして?全く理解不能なのだが、これはすべての筆写譜、それどころかバッハ自身のリュート編曲版までGなのである。

リュート編曲版(上段はテナー記号、下段はヘ音記号。2段に分かれているものを合成)
5 Allemande m25 Lute

わかりやすいように、ハ短調に移調したもの
5 Allemande m25 Lute Suite

ケルナー
5 Allemande m25 Kellner

アンナ・マグダレーナ
5 Allemande m25 AMB

リュート編曲版と比較すれば一目瞭然だが、チェロ版では弦の数が少ないために和音の音が省略されている。そのために何の和音なのかチェロ版だけではややわかりにくいかもしれないが、これはそんなに難しい和音ではない。

5 Allemande m25 Lute Suite chord

上の図で、左の方はトニックの上にドミナント7の和音が乗っかっているありふれた形だが、その低音が右のようにトニックの代わりに第3度音になっているだけなのである。低音がトニックの場合に比べて希ではあるが、たまに使われるし、ましてや楽譜の校訂者がこの和音がわからないなんて言語道断である。

ヴェンツィンガーなどは、校注でアンナ・マグダレーナもケルナーもリュート編曲版(つまりバッハ自身)もみんな間違っていると言ってのけている有様である。これが1950年の時点での無伴奏チェロ組曲研究の状況だったのである。

最近の出版譜ではどうなっているでしょうか?ヴェルナー・イッキングさんはちゃんとGを書いていますが(ヘンレ版はGでした)。


この同じ小節にもう一つ問題があって、2拍目のリズムがケルナーとリュート版が共に16分音符2つと8分音符のリズムになっているのにも関わらず、そのような出版譜がないのである。これはアンナ・マグダレーナのミス以外の何ものでもない。アンナ・マグダレーナのリズムはあまりにも野暮ったい。それにB♭は次の拍のE♭に対するドミナントであり、16分音符では短すぎてE♭を十分に支えることができないのである。


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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ


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  1. 2012/12/31(月) 13:38:11|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番の2つの大きな問題、「無視された重弦」「無視された半小節」については別記事で述べた。ここではその他の問題に触れようと思う。

(横山真一郎 編集の「無伴奏チェロ組曲」第1番(スラーなし)の楽譜はこちら。無料です。)

プレリュードの第22小節2拍目、最初の音は昔のいくつかの版ではAではなくB(♮)になっている。これが最初に出て来るのは1824年のパリ初版譜であるが、楽譜を作っている過程で起こった単なるミスに過ぎないと思われるのだが、どういうわけかその直後に出版されたドッツァウアーの版(1826年)でもBになっており、あろうことか1879年の旧バッハ全集でもこれを採用してしまっている。

パリ初版譜から。ここでは3拍目の低いCにまでシャープが付いている。
1 Prelude Norblin

少なくとも現存する4つの筆写譜にはこの音はないのだし、ドッツァウアーはパリ初版譜とケルナーを資料として楽譜を作っており、また旧バッハ全集はケルナーとアンナ・マグダレーナの両方の筆写譜を資料としているはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか、まったくもって謎である。

さらに1900年のクレンゲル版にまでその痕跡が残ってしまっているが、さすがにその後の出版譜でこれを採用したものはなさそうで、今日これを弾く人はまずいないだろうが、旧バッハ全集版はDOVERから出ているし(ガンバ・ソナタが併載されている)、クレンゲル版もまだ出版されているようだから、一応注意を促しておく。

第26小節3拍目、最近はほとんどの奏者がここを正しくC#-B♮-A-B♭と弾いているが、たまにC#-B♭-A-B♭と弾く演奏に出会うと、そこでもうその先を聞く気がしなくなる。パリ初版譜、ドッツアーから旧バッハ全集を経て、ヴェンツィンガー、そしてジャンドロン(!)にまで至る悪しき習慣である。
ここは4つの筆写譜が一致して前者であって、議論の余地はない。

サラバンドの第11小節、ほとんどすべての版のトリルは2拍目の8分音符上についていると思うが、これは間違っている。ケルナーもアンナ・マグダレーナもその次の16分音符につけているのだ。

ケルナーの筆写譜(裏写りか向かい合わせのページが写ったのか、見にくいが)
1 Sarabande Kellner

アンナ・マグダレーナの筆写譜
1 Sarabande AMB

この小節と次の第12小節とでヘミオラ(2小節合わせて、2分音符を1拍とする大きな3拍子)になっていることを考えると、このトリルの位置は正しい。8分音符上では無意味なアクセントが2拍目についてしまってヘミオラの効果が損なわれてしまうからだ。

教訓、トリルは長い音だけにつくとは限らない。

ロストロポーヴィチは「無視された半小節」同様、ビデオでこの正しいトリルを弾いている。

メヌエット2
のE♭は昔から議論の対象であった。つまり第3小節と第7小節それぞれの最後のE音のことである。この第2メヌエットはト短調ではあるが、昔からの習慣に従って調号は♭一つだけである。ここからして問題が起こりやすそうである。

さて、ケルナーの筆写譜ではどちらのEにも♭がついているが、アンナ・マグダレーナでは最初の方には臨時記号は何もなく、あとの方にだけ♮がついている。はてさてこれだけではどうにも決めかねるのだが、無理やり推理すると、確かにバッハは最初はケルナーの書いたようにどちらも♭にしたのだが、あとになってそれではやや平凡だと思って、あとの方だけ♮にしたのではないだろうか?

そしてアンナ・マグダレーナは最初の方の臨時記号を書くのを忘れた。あるいはバッハ自身が清書した時に♭を書き落としたのかもしれない。

いずれにせよ、第2メヌエットの最初の8小節の低音の動きは、1小節1音とするとG-F-E(♭)-Dが2回繰り返されることになるのだが、2回目のEは第8小節最後のF#の2分音符に引っ張られてE♮の方が自然に感じられる。

参考にしようとC資料とD資料を見ても、C資料はアンナ・マグダレーナと全く同じだし、D資料の方ときたら、最初の方のEには横に何やらわからない記号が書いてあるし、あとの方は何とCらしき音が書いてあり、そのあとそれを消したような跡まであって、かなり混乱しているのである。

結局3種類のパターンが考えられるし、実際3種類の演奏を聴くことができる。

1、E♭ - E♭(ケルナー)
2、E♮ - E♮(アンナ・マグダレーナ)
3、E♭ - E♮(旧バッハ全集など)

ぼくとしては初めは2だと思っていたのだが、だんだんと3ではないかと思い始めている訳である。みなさんの考えは?

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テーマ:チェロ - ジャンル:音楽

  1. 2012/12/29(土) 17:26:42|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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バッハ「無伴奏チェロ組曲」概要
以下に書かれていることは、ぼく独自の視点によるものです。この組曲の研究者に広く認めらているとは限りませんのでご注意下さい。



バッハ「無伴奏チェロ組曲」(全6曲)はヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)がケーテンにいた頃(1717-1723)に書き始められた。

この曲のバッハの自筆譜は行方不明である。これは同時期に書かれたと思われる「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」に立派な自筆譜が残されていることと比べて大変遺憾なことである。というのはそのために解決困難な、時には解決不可能と思われる問題が多くチェリストに突きつけられるからである。

他の人による「無伴奏チェロ組曲」の筆写譜は4種類残されていて、その中でもオルガニストで作曲家のヨハン・ぺーター・ケルナー(1705-1772)によるもの(1726年作成)と、バッハの2番目の妻アンナ・マグダレーナ・バッハ(1701-1760)によるもの(1727年から1731年の間に作成)はバッハの自筆楽譜から直接筆写されたと考えられ、特に重要である。これらは現在インターネットで誰でも見ることができる(こちら)。

特に最近はアンナ・マグダレーナの筆写譜の素晴らしいカラー写真版がバッハ・デジタルおよびIMSLPで公開され、この曲の研究のレベルが一段と上がることになった。従来の古い白黒のファクシミリ版では不鮮明な点が多く、実際トルトゥリエやぼくのように、だまされてしまった者もいる(ぼくはまだ生きているからいいが、トルトゥリエはどうしてくれる?)。またケルナーの筆写譜のカラー写真版も公開され、より研究のレベルの向上が期待できるようになった(ただ、アンナ・マグダレーナのよりも解像度がやや劣るようだが)。

ケルナーとアンナ・マグダレーナの筆写譜との間には相違点が多く、それらにはもちろん筆写ミスによるものもあるが、明らかにバッハが後に書き改めたためである箇所もある。

「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」に関しては、バッハは1720年に清書楽譜を完成しており、1726年にケルナーがこの曲を筆写しているにもかかわらず、ロ短調の第1パルティータが欠けていたり、曲の配列が異なっていたり、音の相違が見られたりする。そのことからケルナーが写譜するに際してバッハが貴重な自筆譜の代わりに草稿を渡した可能性が高い。

おそらく「無伴奏チェロ組曲」に関しても同じようなことが行われたと考えて良いだろう。つまりケルナーが写譜したのはバッハの草稿であり、アンナ・マグダレーナが写譜したのはバッハの清書楽譜である。

しかしながら資料間の相違がバッハ自身による改訂の結果なのか、筆写師のミスのせいなのか見極めるのは極めて難しく、そのためアンナ・マグダレーナの筆写譜に見られる第1番のジグの半小節や、第6番のガヴォットのシャープなどがアンナ・マグダレーナのミスの結果であるとされ、無視されるという重大な誤りが犯されている。

これらの問題点については、一つ一つ詳細に検討して行くほかなく、それぞれに高度な音楽的判断が必要とされるので、結局は検討されているのは楽譜の方ではなく校訂者の力量の方なのである。そういう点で「無伴奏チェロ組曲」に限らず、最近の「原典版」にはもちろん評価すべき点が多々あるが、とんでもない改悪も見られる。



この曲の最初の印刷出版は面白いことにドイツではなくフランス(パリ)においてであり、1824年のことである(その翌年、即座にドイツでその海賊版が出たが)。以降1826年のドッツァウアー版、1879年の旧バッハ全集版など、多くの版が出版され、その数はチェリスト、ディミートリ・マルケヴィチ(指揮者イーゴリ・マルケヴィチの弟)によると2000年の時点で93にも昇るそうである。

続く


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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ


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  1. 2012/12/15(土) 19:49:35|
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バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ
バッハ「無伴奏チェロ組曲」に関する記事が増えすぎたために、新しいブログ(分館)を作りました。
バッハ 無伴奏チェロ組曲、校訂者注記

しかしすべての記事を移動するにはまだまだ時間がかかりそうだし、こちらの記事は楽譜の作成中に気付いたことを書いた貴重な記録でもあるので、残しております。ただし一部の記事については新ブログに移動した後、削除(非表示に)しました。
___________________________________________

バッハ「無伴奏チェロ組曲」に関する記事をここにまとめておきます。

なお古い記事だと、細部において現在の考えとは多少違うこともあります。なるべく修正するようにしていますが、修正されずに残っていることもあります。ご了承下さい。

全体

バッハ「無伴奏チェロ組曲」~はじめに
バッハ「無伴奏チェロ組曲」概要
バッハ「無伴奏チェロ組曲」正誤表 ←おススメ
「無伴奏チェロ組曲」~バッハへの道

個別の問題について

神を讃えるプレリュード ←必読
無視された重弦(無伴奏チェロ組曲第1番、プレリュード)←必読
なぜ誰も重弦で弾かないのか?
無視された半小節(バッハ無伴奏チェロ組曲第1番、ジグ)←必読
早すぎたフラット(無伴奏チェロ組曲第4番、プレリュード)←必読
無視されたシャープ(無伴奏チェロ組曲第6番、ガヴォット)
無視されたターン(無伴奏チェロ組曲第5番、プレリュード)
無視されたフェルマータ(バッハ「無伴奏チェロ組曲」)
無視されたアラブレーヴェ(¢)
装飾音、テンポ、強弱記号(バッハ「無伴奏チェロ組曲」)

各組曲について

バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第2番について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第3番について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第4番について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第5番について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第6番について

スラーについて

バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番のスラー

資料・楽譜

「無伴奏チェロ組曲」4つの写譜 ←必読
ケルナーによるバッハ作品の筆写譜
バッハ「無伴奏ヴァイオリン」アンナ・マグダレーナの写譜
バッハ「無伴奏チェロ組曲」の出版譜について
新ベーレンライター原典版のバッハ「無伴奏チェロ組曲」について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第6番、ト長調版について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」ヴィオラ版について

その他

バッハのサイン(「無伴奏チェロ組曲」第5番)
バッハ「無伴奏チェロ組曲」(スラーなし)楽譜が完成!
バッハ「無伴奏チェロ組曲」3ヶ月
無伴奏チェロ組曲のスラーあり版、作成開始


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  1. 2012/12/14(金) 01:01:19|
  2. 無伴奏チェロ組曲
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無視された重弦(無伴奏チェロ組曲第1番、プレリュード)
~200年もの間の、チェリストの怠慢~

まだまだ続く「無視された」シリーズ(笑)。
今度は「無伴奏チェロ組曲」第1番に戻って、「無視された重弦(ダブルストップ)」である。

これをもって、「無伴奏チェロ組曲最大のミステリー」と呼びたい。「無視された半小節」もミステリーといえばミステリーだが、少なくともバッハの初稿ではこの半小節は無かったのだから、無視するのもひとつの可能性なのだが、こちらはすべての筆写譜にあることであり、200年もの間すべてのチェリストが無視して来たことは、まことに謎としか言いようがない。

(横山真一郎 編集の「無伴奏チェロ組曲」第1番(スラーなし)の楽譜はこちら。無料です。)

バッハ「無伴奏チェロ組曲」といえばこれ、というくらい有名な第1番ト長調のプレリュード。何とこれにまで「無視された」箇所があったのである。もっともこれはぼく自身も目には見えていたものの、それが何であるかは気づいていなかったので、無視して来たに等しいのだが。

このプレリュードの第33小節の3拍目から第36小節の2拍目までにかけて(つまり3小節分)、Aの音が重弦で書かれている。つまりD弦上のAの音とA弦の開放弦とを重弦(ダブルストップ)で弾くようにバッハは指示しているのだが、これをちゃんと重弦で弾いている演奏を見たことも聞いたこともない。

これはマグダレーナ・バッハの筆写譜で、上段右端から重弦が始まっている。
Bach Cello Suites No1 Prelude

これは4つの筆写譜全てに書かれているのでバッハが書いたことは疑いがない。ところがドッツァウアーがこの重弦を無視してA弦とD弦を交互に弾く楽譜を作り(1826年)、さらに旧バッハ全集(1879年)がそれを踏襲して以来、ほとんどの楽譜がこれに従ってしまった。

幸い例外はあって、ウェルナー・イッキングの楽譜(1997年)はこれを書いているし、パリ初版譜(1824年)及び比較的最近出版されたヘンレ版、ウィーン原典版も不完全ながら書いている。

ドッツァウアー版。19、20世紀のほとんどの楽譜がこの形を書いている。
Dozauer.jpg

特に注目すべきはこの重弦の出始めで、3つ並んだ16分音符のA音の全てを重弦で弾くように書いている。これまた4つの筆写譜全てに書かれているのでバッハが指示したことは間違いない。

この3つ並びのA音はその2小節あとの2拍目と3拍目にも続いて出て来るが、おもしろいことにこちらは筆写譜によってまちまちである。アンナ・マグダレーナとC資料は2拍目・3拍目とも2つ目のA音は単弦であるし、ケルナーは両方のA音全てが重弦、D資料は2拍目だけ全て重弦になっている。

ケルナーの筆写譜
1 Prelude Kellner ds

先ほどいくつかの版が「不完全」であると言ったのは、この3つ続きのAの重弦をちゃんと書いていないからである。しかもあろうことか、ヘンレ版は2000年の初版では3つ続きの重弦を書いていたのに、2007年の改訂版では3つ続きをやめたのである。つまりこれらの楽譜の校訂者は、二重符尾を書いておきながら、それが重弦であることを理解していないのである。

いずれにせよ、この上下に符尾がある音符が曲が盛り上がっているところにだけ書かれていることから、バッハが重弦を求めていることは明白である。

またその手前で低音のG-E-F#-Dという音形が3回も繰り返されていることの意味も、そのあとを重弦で弾くことによって初めて分かって来る。ベーレンライター原典版でヴェンツィンガーが書いたように2回目のG-E-F#-Dで弱くしてはいけない(この楽譜の影響でそのような演奏が多いが)。第33小節の頭(上のドッツアーの楽譜の左端)で既にエンジン全開になっていなければならない。
バッハはここで相当強い表現を求めているのだ。おそらくパイプオルガンのフルストップを想像しているのだろう。

さらに興味深いのが、第36小節の3拍目と4拍目に重弦がないことである。これによって自然とディミニュエンドされることになり、そのあとの上昇する半音階によるクレッシェンドの効果が、否が応でも増すのである。まことに心憎い書きっぷりである。

それでも重弦を疑う人は、無伴奏ヴァイオリンのための「シャコンヌ」を思い起こすだけで十分だろう。中央のニ長調の部分、第165小節からA音およびD音で、同音の重弦が力強い表現を行っているが、これをまさか単弦で弾くヴァイオリニストはいないだろう。

こちらはチェリストにはうらやましいバッハの自筆譜
Ciaccona 1

それではどうしてチェリストは同じようにしないのだろう?

またバッハがもし単弦で弾くのを望んでいたのなら、その同じ「シャコンヌ」のあとの方(第229小節以降)で書いているようにしただろう。これはまさしくドッツアー以降の書き方とそっくり同じなのである。

Ciaccona 2

これ以上の証明は必要ないと思うが、それでもこれは重弦ではないという人は、バッハが同じ時期にヴァイオリンとチェロとで違う楽譜の表記法を採用したということを証明しなければならない。もちろんそんなことが不可能であることは言うまでもない。

いまや数あるバッハの作品の中でもトップクラスの人気を誇る「無伴奏チェロ組曲」。チェロ以外のさまざまな楽器でも演奏され、とりわけギタリストにとっては主要レパートリーの一つとまでなっているのに、肝心のチェリストがこんな怠惰なことでどうするのか。


~神の栄光を讃える重弦?~

さてところで、上の説明を読んでいてあることに気づいた人がいるだろうか?

それは数字である。

この重弦が始まるのが第33小節の3拍目、そして3つ続きのA、重弦があるのが3小節分、重弦の前にG-E-F#-Dのパターンが3回繰り返される。これらの3は果たして偶然だろうか?

バッハの数字好きはよく知られている。これもおそらく意図的であるに違いない。とすると3回続きのAの重弦は、ケルナーの筆写譜にあるように3回とも演奏されるべきなのだろう。

3はキリスト教の三位一体を意味しており、この重弦部分は神の栄光を讃えていると考えて間違いないだろう。そうすると、この部分を重弦でなく弱々しく弾くのはバッハの意図に全く反することになるだろう。

バッハの「無伴奏チェロ組曲」は、神の栄光を讃える堂々たるプレリュードで始まるのである。

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