パリの東から

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

エチュードもオリジナルで~デュポール「21の練習曲」
ジャン・ルイ・デュポールのチェロのための「21のエチュード(練習曲)」といえば、日本ではどの版が一番使われているだろうか?

グリュッツマッハー編によるペータース版はやめたほうがいい。オリジナルと異なるところがかなり多い。グリュッツマッハーは19世紀のドイツのチェロの名手だったが、好き勝手に原曲を変えてしまう名手でもあった。
有名なのはボッケリーニの協奏曲の改変であり、さらに恐るべきと言おうか、バッハの無伴奏チェロ組曲を「編曲」してしまったりしている。これはIMSLPで見ることができる→http://bit.ly/BachCello(グリュッツマッハー編は2つあり、上の方)。

グリュッツマッハーに限らないが、ほとんどすべてのエチュードは編集者によって、多かれ少なかれオリジナルとは違うものに変えられてしまっている。しばしば、オリジナルを見てみると、作者の本来の意図がよくわかる場合が多い。

Duport-Instruction_on_the_Fingering_and_Bowing_of_the_Violoncellocover_100

デュポールのエチュードの場合も同じで、例えば15番(変ロ短調)はオリジナルはアッラ・ブレーヴェ(2/2拍子)なのに、グリュッツマッハー版、それにフランスのルーブ(Loeb)版でも4/4拍子に変えられてしまっている。
それに7番と8番を例外として、第2チェロの伴奏が付いており、この15番では8分音符による「きざみ」の音形がついていて、まるで古典派の交響曲や協奏曲のアレグロ楽章のようである。このような音形の伴奏は9番、12番、17番にも付いており、第1チェロだけ見ていてはわからない、その曲の本来の性格がよくわかるのである。

今日このオリジナル版はIMSLPで簡単に見られるので、ぜひ試して欲しい。→http://bit.ly/Duport(Complete Book の最後の方か、21 Etudes: Original version (2 parts) を選ぶ)
ただし、ト音記号は実際の音より1オクターブ高く書かれていることに注意。それに音符の上の点は、短く(スタッカート)ではなく、単にレガートではなく音を切って(デタシェで)という意味である。またところどころに音符や指使いのミスが見られるが、それらは大体はわかると思う。

また、兄のジャン・ピエール・デュポール(彼もまたチェロの名手であった)が書いた2曲(8番と10番)には残念ながら指使いが付いていないので、ルーブ版などを参考にせざるを得ない。

演奏会用の楽曲は、今日オリジナルを見直すというのが当たり前になっているが、エチュードにも同じ光を当てて欲しいと思う。 

にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ

スポンサーサイト

テーマ:チェロ - ジャンル:音楽

  1. 2011/10/30(日) 16:11:51|
  2. チェロ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ピアノのための「小さな曲」動画
ピアノのための「小さな曲」全6曲の動画を撮りました。
YouTubeにて公開しています。どうぞご覧下さい。

第1番「はじめよう!」

楽譜はこちら→http://bit.ly/jSxXK3

第2番「気まぐれ」

楽譜はこちら→http://bit.ly/m81Bvp

第3番「さんぽ」

楽譜はこちら→http://bit.ly/l8JIBD

第4番「ワルツ」

楽譜はこちら→http://bit.ly/islQJ4

第5番「思い出」

楽譜はこちら→http://bit.ly/o9UFFM

第6番「ロマンス」

楽譜はこちら→http://bit.ly/ntt1OK

にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
  1. 2011/10/21(金) 23:24:37|
  2. 横山真一郎作品
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

パリでのコンサートの動画
10月15日のパリでのコンサートの動画をYouTubeにアップしました。

ヴィヴァルディ ファゴット協奏曲 ホ短調
ファゴット 横山香里
アンサンブル・ミラエ・ヴォーチェ(チェロ 横山真一郎)
指揮 セヴラン・トゥレイユ

2011年10月15日、パリ3区、サント・エリザベート教会



にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
  1. 2011/10/16(日) 16:41:27|
  2. フランス
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

バッハ「無伴奏チェロ組曲」4つの写譜
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第3番(スラーなし)の楽譜ができました。
「楽譜書庫」で無料公開しています。どうぞご利用下さい。
http://bit.ly/BachVc3

さて、バッハの無伴奏チェロ組曲は不幸にもバッハ自身の自筆譜がまだ発見されていない。残された他の人による筆写譜はどれも不完全で、チェリストは常に「これでいいのだろうか」と悩まされてしまう。しかし自筆譜が発見されるまではその残された資料からバッハの自筆譜を想像するより他に方法はない。


ケルナーとアンナ・マグダレーナ・バッハの筆写譜

重要な資料は2つ。一つはバッハの弟子(友人とも)でオルガニストのケルナー(Johann Peter Kellner, 1705‐1772)による筆写譜(1726年筆写)。もう一つはバッハの二番目の妻、アンナ・マグダレーナ・バッハによる筆写譜(1727年から1731年の間に筆写)である。それ以外にも18世紀後半の作者不明の筆写譜が2種類残されているが、上の二つがバッハの自筆譜から直接写譜されたに違いないのに対し、写譜の写譜、あるいはそのまた写譜であろうと考えられるため、上の2つに比べれば重要度は劣る。

1824年ごろにパリで最初の印刷譜が出版されて以来、チェリスト鈴木秀美氏によると40種類ぐらいの楽譜が出版されたらしい(追記、ディミトリー・マルケヴィッチ氏によると100種類にものぼるようである)。私はそのうちの十数種類ぐらいしか見たことがないが、アンナ・マグダレーナの筆写譜を見て以来どれも信用できなくなり、自分で楽譜を作ることにした。しかしスラーを決定することは現在の自分には不可能なので、問題を音符だけに絞って各資料を比較検討して作っている。

すでに第1番、第2番の作成の過程で明らかになった事だが、ケルナーはバッハの自筆譜の比較的初期のものを筆写しているのに対し、アンナ・マグダレーナは後にバッハが加筆訂正したものを筆写していると考えられる。これは私の偏見かもしれないが、これまでの出版譜はどうもこのことに気づいていなかったか、あるいは気づいていても無視して作られて来たように思われてならない。

これまでの記事で述べて来た事の他に、例えば組曲第5番の筆写譜だが、ケルナーは何とサラバンドを全く書き写していない。さらにジグも9小節書き写したままで終わっている。このことは従来ケルナーがズボラしたかのように言われて来たようだが、実はバッハがまだ書いていなかっただけではないだろうか?

何しろ曲が曲である。ジグはともかく、第5番のサラバンドは全組曲中で最も特異な曲と言っていい(1音だけ除いて8分音符と4分音符だけ、分散和音とアポジャトゥーラだけで書かれている)だろうから、十分有り得ることと思う。バッハは他の曲をすべて書いてから、このサラバンドをじっくり書きたかったのではないだろうか?またこのサラバンドにはバッハのサインが隠されているのだが、そのことがますますこの曲を最後に書いたことに確信をもたらすのである(サインのある曲は他にもあるが)。

この問題に関して、アメリカのあるヴィオラの先生が、ケルナーはオルガニストだったので、和音が全然ないこの2つの曲に興味がなかったのだと言っているが、例えば第4組曲のジーグにはやはり一つも和音がないし、第1組曲のプレリュードだって最後の音以外に和音はない。また別の人は、ケルナーは第5番を実音に直して筆写していたので難しくて途中で放棄したのだとか言っているが、ここまで書いておいてあの短いサラバンドを書き写さなかったなんて考えられるだろうか?。サラバンドをすっとばしておきながら、その次のより複雑なガヴォットをなぜ書いたのだろうか?なんで一番単純に、バッハ自身がまだそれらを書いていなかったと考えないのだろう?

追記

その後の研究から、ケルナーはバッハの草稿から、アンナ・マグダレーナはバッハの清書楽譜から写譜したことがほぼ確実になって来た。つまり草稿には第5番のサラバンドとジグの10小節目以降は書かれておらず、バッハも草稿にそれらを書き加えることはせずに清書楽譜を仕上げたものと思われる。

またケルナーが1726年に筆写してそれが不完全だからといって、その時まだ全組曲が完成していなかったとは言えなくなってしまった。というのはバッハ研究者富田庸氏が「平均律クラヴィーア曲集」について言うように、バッハは弟子達に楽譜を写譜させる場合、貴重な清書楽譜は渡さずに、草稿に手を加えて渡していたそうだからである。「無伴奏チェロ組曲」や「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の場合も同じことが言えそうなのである。


C資料とD資料

さて残り2つの筆写譜だが、便宜上C資料、D資料と呼ばれているが、お互いに相違点もあるものの多くの共通点があり、兄弟のような資料といっていいだろう。C資料は時々ヴェストファルの筆写譜と呼ばれるが、ヴェストファルというオルガン奏者が所有していただけで、本人が筆写したわけではない。

最近の通説では、アンナ・マグダレーナとは別にバッハの自筆譜から写譜された、現在は失われてしまった筆写譜(資料Gと呼ばれている)からさらに書き写されたと考えられているようだが、これは間違っている。これらはアンナ・マグダレーナの筆写譜の系統である。というのはいくつかのアンナ・マグダレーナのミスをそのまま引き継いでいるからである。その数は14にものぼる。例えば第2番アルマンドの第9小節3拍目のAの音が欠けていること、第4番プレリュードの早すぎたフラットがそのままであることなどである。

このことはちょっと調べてみたら素人でもわかるぐらい明白なことなのだが、何故か研究者の間では認められていないようだ。これも「無伴奏チェロ組曲」の謎の一つである。

(追記
と言うか、どうしてこれがわからない?正直言って研究資格がないとしか言いようがない。14ヶ所もあるんだよ。「早すぎたフラット」一つだけでも十分な証拠なのに。ぼくが「無伴奏チェロ組曲」の研究は100年遅れている、と言うのがわかってもらえると思う)


一方、ケルナー自身によるものと考えられるいくつかのミスはC、D資料に全く反映されていない。つまりC、D資料はケルナーの影響を全く受けていないのである。しかしそれではアンナ・マグダレーナが明らかに書き落としている、第6番アルマンドの第2小節の第2、3拍目の低音をちゃんと補っていることや、第2番サラバンドの第23小節2拍目のリズムが、アンナ・マグダレーナとではなくケルナーと同じであることなどをどう説明したらよいのだろう。

ひとつの仮説として、ケルナーと同様に、バッハの草稿から筆写した別の筆写譜があってそれをI資料と呼ぶならば(なぜIかというと、EからHは既に使われているから)、それとアンナ・マグダレーナの2つを資料として作られたのがG資料であって、そこからC資料とD資料が写譜されたのかも知れない。

図で示してみよう。

Stemma 2014 jp

実際には、縦に並ぶ資料の間にはもう一つ(かそれ以上)の別の筆写譜が存在する可能性がある。

ところで1824年に出版された「無伴奏チェロ組曲」の最初の出版譜(パリ初版譜)はE資料と呼ばれるが、それはちとおかしいのではないか?パリ初版譜を作る基となった資料(もっぱらこれを基に作られたのだが)の方をE資料と呼ぶべきだろう。ましてやこの本来のE資料を基に、編集者ノルブランの改変やテンポ表示を加えたパリ初版譜を他の筆写譜と同列に扱うのはまったく馬鹿げたことである。

4つの筆写譜とそれ以降の出版譜は、はっきりと分けて取り扱うべきである。

いずれにせよ、C、D及び(本来の)E資料がアンナ・マグダレーナの系統にあることはあまりにも明白であり、各組曲の詳細についての記事においてそのことに触れて行こうと思っている。

しかしながら面白いことに、パリ初版譜にはいくつかケルナーと共通するところがある。つまりE資料だけはC、D資料と違ってどこかでケルナーの影響を受けたと思われるフシがあるのだが、何しろパリ初版譜=E資料ではないので、ノルブランの改変による偶然とも考えられ、これを証明するのはちょっと難しいと思う。ただ1ヶ所だけはどうにも偶然とは言えないのである(第6番アルマンドの第2小節1拍目の16分音符の低音)。


ともかく従来の出版譜はこれらの筆写譜をいわば平面的に見て、つまり資料間の関係を十分に考慮せずに作られて来たように思う。これからはぜひ立体的に見て作って行って欲しいと願う次第である。


<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」の出版譜について


バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ

テーマ:チェロ - ジャンル:音楽

  1. 2011/10/12(水) 20:33:48|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

メトード・ローズとErnest van de Verde
新訂 メトードローズ ピアノ教則本(ピアノの一年生)新訂 メトードローズ ピアノ教則本(ピアノの一年生)
(1998/12/10)
エルネスト ヴァン ド ヴェルド

商品詳細を見る

日本でもおなじみ「メトード・ローズ」は、かつてはフランスで最も使用されたピアノ教則本である。今でも楽譜屋にたくさん置いているところを見ると、使っている先生はいるのだろうが、見たことはない。現在フランスのコンセルヴァトワールで最も使用されているのは、"Méthode de piano débutants" という教則本だと思う。

しかしぼくは一人だけピアノの生徒がいるが、「メトード・ローズ」を中心に教えている。"Méthode de piano débutants" も見てみたが、どうにも使えないのだ。何が、と聞かれても答えにくいが、何か底が浅いように思える。

さて「メトード・ローズ」の著者は Ernest van de Verde(エルネスト・ヴァン・ド・ヴェルド)という人で、日本ではほとんど知られていないと思うが、この人は何とヴァイオリンの教則本も書いているのだ。「プチ・パガニーニ」という本で、こちらはフランスで現在も盛んに使用されている。

ピアノとヴァイオリンの双方で、これほど広く使用されている教則本を書いた(おまけに自分で出版社まで作ってそれらを出版した)なんてすごい人だと思うのだが、どういう人だったのか、インターネットを見る限りさっぱりわからない。ウィキペディアにもフランス語版に申し訳程度にちょっぴり書かれているだけだ。

名前からしてもオランダ系(あるいはフラマン系ベルギー人)だし、謎の人 Ernest van de Verde とはどんな人だったのでしょう?

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
  1. 2011/10/08(土) 14:14:49|
  2. 楽譜
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0




| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。