パリの東から

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

「無伴奏チェロ組曲」の新しいブログを始めました。
バッハ「無伴奏チェロ組曲」に関する記事が増え過ぎた。

古い記事には現在とは考えが違っている所もあるし、似たような記事が多くなり整理する必要も出て来た。

そこで「無伴奏チェロ組曲」に関する新しいブログを作ることにした。

こちらの記事は楽譜を作成している過程での貴重な記録でもあり、なるべく残すようにするが、記事によっては削除する可能性もある。

新ブログはこちらです。よろしくご支援下さるよう、お願い申し上げます。

バッハ 無伴奏チェロ組曲、校訂者注記


にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ

スポンサーサイト
  1. 2014/09/17(水) 10:25:48|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

英語による新ブログ開始
バッハ「無伴奏チェロ組曲」の研究成果を世界により広く知ってもらうために、英語によるブログを始めた。Bloggerブログを利用することにしたが、なかなか使い易い。

http://bachcellonotes.blogspot.fr/

タイトルは Bach's Cello Suites, Editor's Notes、副題として of its newest and the most radical edition などとややえらそうだが、PDFで公開していた Editor's Notes をそのまま載せているだけである。しかし英語はかなり怪しいものだ。時制がよく分からないし、定冠詞もいつ使えばよいのか分からない。やたらと the が並んでしまうと音が汚くなる。おかしな英語を見つけたら知らせて下さるとありがたいです。


<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ


にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ



  1. 2014/09/01(月) 01:24:56|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

なぜ誰も重弦で弾かないのか?
~「無視された重弦」追記~

バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番プレリュードの、第33小節3拍目から第36小節2拍目までの重弦については「無視された重弦」で既に述べた。

この二重符尾(一つの符頭から上下に2つの符尾が伸びている)は100%バッハが書いたものであり、100%間違いなく重弦を意味しているにもかかわらず、この200年近くの間、ぼくが世界で最初に気づくまで、一度も重弦で弾かれたことがない、と言っても信じてもらえないかもしれない。

ケルナー
1 Prelude ds Kellner

アンナ・マグダレーナ
1 Prelude ds AMB

C資料
1 Prelude ds C

D資料
Double stop D


まず100%バッハが書いたと言うのは、4つの筆写譜がすべて書いていることから間違いなく、また100%重弦を意味していると言うのは、議論以前の、弦楽器の記譜上の常識 なのである。

だがこの常識がチェリストには通じない。これは重弦ではなく、単にD線とA線を交互に弾く事を意味するというのである。このような非常識がまかり通ってしまっているのがチェロの世界なのである。

おそらく、ぼくの推測だが、この重弦があまりに強烈なので、古典派やロマン派(及び現代)のヤワな耳には付いて行けなかったからではないだろうか、と思っている今日この頃である。

もう一度言うが、この重弦が始まるのが、第33小節の3拍目であり、それが12拍、つまりちょうど3小節分続き、さらに、最初のところは3つ続きの重弦であるという「3尽くし」が偶然のはずはなく、バッハがこの重弦によって神の栄光を表していることは間違いない。

ところが驚くことにこの重弦をちゃんと書いた出版譜は、この曲の歴史上、ヴェルナー・イッキング氏の楽譜とぼくの楽譜しかないのである(どちらも無料楽譜サイトIMSLPで見れる)。ヘンレ版は2000年の初版ではちゃんと書いていたのに、2007年の第二版では初めの3つ続きの重弦をやめるという改悪を行っている。

イッキング氏はドイツのアマチュア・ヴァイオリニストで、ぼくと同様、インターネットで自分の作った楽譜を配布していた人である。もはや既存の楽譜出版社はその存在意味を失いつつあるのだろうか。ヘンレ版の改悪は、ぼくにはその象徴のように思える。

なぜなら、最良の資料が自宅にいながら利用できる時代になったので、ある曲の原典版を作ろうと思えば、世界中の研究家(専門家だろうとアマチュアだろうと)が、インターネットを通じて議論しながら作れるからである。


何にせよ、百聞は一見にしかず、と言おうか、一度この重弦をお弾きになっていただきたい。当然なのだが、この重弦を弾いて初めて、このプレリュードの本来の姿が現れて来るのである。


<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ


にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ

  1. 2014/08/05(火) 08:43:57|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

バッハ「無伴奏チェロ組曲」~はじめに
~間違いだらけの「無伴奏チェロ組曲」~

チェリストの皆さんはバッハの「無伴奏チェロ組曲」の楽譜は何をお使いだろうか?
日本では全音から出版されていることもあって、ジャンドロン版がよく利用されているようだし、20世紀の定番と言ってよいベーレンライター社のヴェンツィンガー版も相変わらず使われていることだろう。

他にも多くの版があるが、残念ながら音の問題に関してはどれもこれも間違いだらけである。まずはこちらの正誤表で修正していただきたい。→バッハ「無伴奏チェロ組曲」正誤表

なぜそんなことになったかと言うと、何よりまず第一に、この曲のバッハの自筆譜が残っていないことが最大の原因であるが、バッハの自筆譜から直接写されたと考えられる2つの筆写譜、バッハの妻アンナ・マグダレーナによるものと、バッハの弟子(友人とも)ヨハン・ペーター・ケルナーによるものが、互いに食い違っているところが多々あるためでもある。

アンナ・マグダレーナのものはよく知られていて、チェリストの中にはこれを偏愛する人もいるようだが、ケルナーの筆写譜も実に貴重なもので、これなしでは「無伴奏チェロ組曲」の正しい音は決して知られることがなかったと言ってよい。

その他に18世紀の後半に書かれた2つの筆写譜が残っていてC資料、D資料と呼ばれているが、これら4つの筆写譜の間の正しい関係が、ぼくが研究するまで誰にもわからなかったという事情もある。C資料、D資料がアンナ・マグダレーナの筆写譜の子孫であることはあまりにも明白なのに、2000年の時点でベーレンライター社が出した研究資料を見ても、そのことがまったくわかっておらず、あまりに貧弱な図しか載っていないのである。

その他に、この曲の世界最初の出版譜が、校訂されないまま大急ぎで出版されたためミスだらけであったことや、カザルスによってこの曲の真価が知られるようになるまでは、練習曲としてしか考えられていなかったこともあるだろう。

また最近ぼくが考えていることは、ドイツが東西に分裂していて、D資料以外の3つの筆写譜が東ベルリンにあったベルリン国立図書館に保管されていたために自由に利用することができなかった、という事情もあると思う。


ぼくは2010年から「無伴奏チェロ組曲」の自分の版を作り始めたが、まず厄介なスラーの問題を放棄して音の問題に集中した。そのため、これまでの出版譜の多くの間違いを修正することができたのである。この「スラーなし版」は2013年に完成して、ぼくのブログ別館「横山真一郎 の 楽譜書庫」及び無料楽譜サイトIMSLPで無料公開しているので、大いに利用していただきたい。→バッハ「無伴奏チェロ組曲」(スラーなし)全曲版

そして現在は「スラーあり版」の作成も始め、すでに「第1番」は出来上がったが、全曲完成はまだまだ先のことになりそうであるし、改訂は一生続くことになるだろう。

また楽譜作成の過程で気づいたことは、このブログに記事として書いているので、ぜひ読んでいただきたい。こちらのまとめからどうぞ。

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ



にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ
  1. 2014/07/13(日) 12:31:35|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

神を讃えるプレリュード
~無伴奏チェロ組曲第1番プレリュードに隠された数字~

バッハが数字好きなのはよく知られていて、それをテーマにした本もあるくらいだ。

無伴奏チェロ組曲にも何か秘密の数字が隠されていないだろうか。

とりわけそのオープニング曲ともなると、バッハが何か「仕掛けた」可能性がないとは言い切れないだろう。

楽譜をお持ちの方は(お持ちでない方はこちらを)まずこのプレリュードの小節数を見て欲しい。そしてその数にピンと来た方は、以下は読まずに自分でこのプレリュードを調べてほしい。せっかくの謎解きの楽しみを奪うわけには行かないから。

















さてその数字は、、、

















42である。


42とは何か?何かの倍数ではないか?

そう、7x6である。

7はキリスト教では完全な数字であるという。神は6日間で世界を作り、7日目に休まれたから。


でも他には?


「バッハの数字」は既によく知られている。

BACHをアルファベットの順番の数字に置き換えると、B=2、A=1、C=3、H=8 で、全部を足すと14になるわけで、バッハはこの数字を大変好んだ。

例えば「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の1番(ハ長調)のフーガのテーマは14の音で出来ている(タイで結ばれている2つの音符は1つと考える)。

Fuge 1-1 sujet 2


さてそれでは「無伴奏チェロ組曲」の場合は、、、


そう、14x3=42である。

3はキリスト教では「三位一体」ということから神を表す。

これはつまり、このプレリュードで「バッハ(14)が神(3)の栄光を讃えている」ことを意味する、と言って間違いないだろう。

そしてさらに驚嘆すべきことなのだが、チェリストであれ、びよりすとであれ、ギター、サックス、リコーダー、トロンボーン、コントラバス、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者であれ、この曲を演奏する人は全て、あるいは演奏はしないがこの曲を愛する人は全て、ここから先を読む前にご自身でこの曲の構造を研究してみてほしい。

















気づかれたことと思うが、このプレリュードは、


実際に14小節x3で出来ていたのである。

つまりこのプレリュードは単に42小節でできているだけではなく、14小節のブロック3つによって組み立てられていたのである

そして第3部分は別として、前の第1部分と第2部分はそれぞれ7小節づつの2つの部分に分かれるのである。

7(完全な数字)x2=14(バッハの数字)である。


そしてそれとはまた別に、全体はフェルマータによって完全に2つの部分にも分けられている(フェルマータは小節の中ほどにあるように見えるが、実際には下の楽譜の下段に見られるように和音全体にかかっているのであり、それが単にアルペッジョになっているだけである)。

実に驚くべき構成である。


楽譜で示してみる。
より把握しやすいように、上段に元の楽譜(小さいが)を、下段にそれを和声に要約したものを示しておく。

Bach 1st Cello Suite Calendar
(The Structure of the Prélude from the 1st Cello Suite of J.S. Bach by Yokoyama Shin-Itchiro)

そして第3の部分については「無視された重弦」の記事に書いた(記事の下の方)。

ここでバッハは3という数字を並べに並べて神の栄光を讃えているのである。この重弦を弾かないことはバッハの意図に反することになる。

この重弦そしてこのプレリュードは「無伴奏チェロ組曲」のグローリアなのである。


追記

最近この表を「カレンダー」と呼びたいと思っている。またバッハは上に書いたように、神が6日間で世界を創り、7日目に休んだことから、このプレリュードで天地創造を表現しようとしたのかもしれない。


<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ


にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ

テーマ:チェロ - ジャンル:音楽

  1. 2014/05/22(木) 07:22:00|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

バッハ「無伴奏チェロ組曲」第4番について
バッハ「無伴奏チェロ組曲」第4番の最大の問題、プレリュードの「早すぎたフラット」については別記事に書いた。ここではその他の問題に触れよう。


~ダブルかシングルか~

同じくプレリュードの第80小節の後半、4つのBの音があるが、これらはすべてダブルフラットである。ごく一部ではあるが、アレクザニアン、トルトゥリエなど、これをシングルフラットとする楽譜があり、またそのように弾くチェリストが時々いるので注意を促しておく。

彼らの理屈によると、フラットが一つしか書かれていないからというのだが、実はこのころはまだ今日のようなフラット記号を2つ並べるダブルフラットの記号はなかったようである(少なくともバッハは使用していなかった)。

「平均律クラヴィーア曲集」第1巻に面白い例がある。8番のプレリュードは変ホ短調(フラットが6つ)で、第26小節にダブルフラットのB音が2つ出てくるのであるが、バッハの自筆譜を見ると、そこには最初は小さなフラットが書いてあるだけなのだが、後にやたらと馬鹿でかいフラットで書き直しているのである。

Well Tempered 1-8

たださらに興味深いのだが、この馬鹿でかいフラットの下に隠れている記号をよくよく見ると、ただのフラットではなく、膨らみの部分が少しくびれているようなのである。これはバッハが考案した記号なのだろうか?しかしこれでは他人にはシングルフラットとあまり区別がつかないので、後にこの馬鹿でかフラットに書き換えたのだろう。

(追記
訂正します。この手稿譜はアンナ・マグダレーナのものでした。ですからくびれたフラットをアンナ・マグダレーナは知っていたわけです。しかし上から馬鹿でかフラットを書いたのは多分バッハではないかと思いますが確証はありません。)

さて「無伴奏チェロ」の方だが、バッハ自身はこのくびれたフラットを書いていたかもしれないが、ケルナーとアンナ・マグダレーナの筆写譜を見る限りその形跡はない。

ケルナー
4 Prelude Kellner double b color

アンナ・マグダレーナ
4 Prelude AMB double b color

しかしいずれにせよ、もしここがシングルフラットなら、わざわざここにフラットを書く必要がないのだ。もともとB♭なのだから。ここは調号のフラット、プラス臨時記号のフラットで、ダブルフラットと考えて良い。1+1=2というわけである。

またもしB♭であることを注意するためのフラットであるならば3度も書く必要はないということも言っておこう。

そもそもここはナポリの6度(トニックの完全4度上の音の上に付けられた短3度音と短6度音による和音。言い換えると、トニックの短2度上の音を根音とする長三和音の第1転回形)の場所であるが、シングルフラットではそのせっかくのナポリの6度の効果が薄れてしまう。変へ長調という普通ありえない遠い調に迷い込んだのち、トニックである変ホ長調に戻って来るからこそ、その安堵感を味わえるというのに、変ヘ長調を象徴するBダブルフラットを聞かせなくては何の意味もないのである。


アルマンド

多くの出版譜やチェリストが、第23から第24小節前半にかけての3つのA音にナチュラルを付けているが、4つの筆写譜すべてがここはA♭なのである。これは和音を勘違いしている(多分F7の和音に)からで、勘違いしている和音の方を修正すべきなのに、楽譜の方を修正してしまっているのである。

ここの部分は調がはっきりしないが、その後第25小節でト短調であることが明らかになる。するとここの和音はト短調のナポリの6度の和音(また!)であることが分かるのである。楽譜で示してみよう。

4 Allemande Ab

旋律しかないところで、低音を補ってナポリの6度であることを理解するのは、弾く方にとっても聴く方にとっても想像力を必要とするだろう。しかしもうここでA♮を弾く愚は終わらせてほしい。

続く

<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ


にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ



  1. 2014/05/07(水) 04:16:10|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

バッハ「無伴奏チェロ組曲」第3番について
~B♭か、Cか?~

第3番は比較的問題が少ないようだが、サラバンドの第7小節の2拍目最後の16分音符は昔から意見の分かれるところである。昔も昔、何しろバッハの生きていた時から(!)である。ある意味「無伴奏チェロ組曲」で最も意見の分かれる音であるかもしれない。

ここはアンナ・マグダレーナははっきりとBを書いているが(ただし♭は書かれていない)、ケルナーは音符の位置はまぎれもなくBでありながら、加線が付いているのである。

アンナ・マグダレーナ
3 Sarabande AMB

ケルナー
3 Sarabande Kellner

兄弟のようなC資料とD資料の間でも意見が分かれていて、C資料はC、D資料はB♭を採用している。ヴェンツィンガー版など出版譜の多くはCだが、アレクザニアン、フルニエ、トルトゥリエなど、アンナ・マグダレーナを尊重してB♭にしている楽譜もある。

これはおそらくバッハ自身はB(♭)を書いたのだろう。しかしながら、B♭と次のE♭の4度の跳躍がやや特異に感じられるため、Cの書き間違いではないかと考え、ケルナーは後から加線を付け加えたのだと思う。C、D資料の違いに関しては、両者の親資料である仮説上のG資料はBになっていたのだが、D資料はそれをそのまま写したが、C資料ではやはり4度跳躍を不自然に思って、Cにしたのではないかと思う。

この4度跳躍は確かにやや特異ではあるが、それゆえに美しいと思う。Cだとなめらかではあるが、和音の移り変わりが早すぎるのだ。それに旋律的に考えて、1拍目と2拍目の終わりの音が共にCになるのは非常に野暮ったく、凡庸である。B(♭)ならば、1拍目の16分音符のB♭-Cと2拍目のA-B(♭)が対になっていることが分かり、明快である。

また和声的には、ここは単純に1拍1和音と考えればいいと思う。つまり1拍目はC#-G-A(ドミナント7の和音の第1転回形)、2拍目はD-G-B♭(四六の和音)、3拍目はD-F#-E♭(ドミナント9の和音)である。つまり2拍目真ん中のAは単なる刺繍音というわけである。


続く

<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ


にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ
  1. 2014/04/26(土) 19:13:19|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ケルナーによるバッハ作品の筆写譜
何度も書いているように、バッハの「無伴奏チェロ組曲」の自筆譜は行方不明で、バッハの妻アンナ・マグダレーナと、オルガニスト、ヨハン・ペーター・ケルナーによる筆写譜が、バッハの自筆譜から直接写したものとして残っている。

既にこのブログの記事でたくさん使用しているように、アンナ・マグダレーナによる筆写譜は、美しいカラー版のファクシミリが、 バッハ・デジタル およびIMSLPで公開されているが、ケルナーに関しては公開されていないので、バッハ・デジタルに問い合わせようと思っていたのだが、ふと、ケルナーの筆写譜が保管されているベルリンの国立図書館のサイトで探してみたら、これが何と、あったのだ

Ms Kellner color 4

ケルナーはバッハの作品を多数写譜しており、それは400ページにも及ぶ。その中にはケルナーによってのみ伝えられる作品もあり、大変に貴重なものである。それらはケルナーの息子によって一冊の本にまとめられており(その際、楽譜のふちが切り取られるという乱暴な処置がなされているが)、それがなんと丸ごとインターネットで見ることができるのである。もはやベーレンライター社の、あの裏写りによって大変に読みにくい白黒のファクシミリの時代は完全に終わったのである。

こちらからご覧下さい。
http://digital.staatsbibliothek-berlin.de/werkansicht/?PPN=PPN779693876&PHYSID=PHYS_0257

左側にあるメニューからケルナーの写譜したバッハの作品を選ぶことができる。もちろん前の前の記事で書いた「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の筆写譜もある。何とありがたい時代になったことか。バッハの「無伴奏チェロ組曲」を研究する者は、自宅に居ながら最良の資料を利用することができるようになったのである。

(追記、
なお現在のIMSLPにはこのカラーのケルナーの筆写譜が掲載されているが、これはこの記事を書いた後のことであり、おそらくぼくが校訂者注にこのカラーのケルナーの楽譜を使用したことに気づいて、他の人がアップロードしたものと思われる)


ところでケルナーの写譜した「無伴奏ヴァイオリン」に関して奇妙なことがある。それはケルナーが「無伴奏ヴァイオリン」の全てを写譜していないことである。「無伴奏チェロ」に関しても、第5番のサラバンドと最初の9小節を除いたジグが欠けているが、これをぼくはバッハがまだ書いていなかっただけだと考えているが、同様のことが「無伴奏ヴァイオリン」にも見られるのである。

「無伴奏ヴァイオリン」のバッハの自筆譜には1720年という年が記されており、これはこの清書楽譜を作成した年と考えられる。ところがケルナーが写譜したのは1726年なのである。にもかかわらず、曲の配列が違うし、何と現在のパルティータ1番(ロ短調)が丸々無いのである。

バッハの自筆譜による曲の配列。

1、ソナタ   第1番(ト短調)
2、パルティータ第1番(ロ短調)
3、ソナタ   第2番(イ短調)
4、パルティータ第2番(ニ短調)
5、ソナタ   第3番(ハ長調)
6、パルティータ第3番(ホ長調)

ケルナーの筆写譜による曲の配列。

1、ソナタ第1番(ト短調)
2、ソナタ第2番(イ短調)
3、ソナタ第3番(ハ長調)
4、パルティータ(ホ長調)(プレリュード、ガヴォット、メヌエットのみ)
5、パルティータ(ニ短調)(サラバンド、ジグ、シャコンヌのみ)

興味深いことは、かのシャコンヌが最後だということであるが、これはどういうことだろう?もともとの曲の配列がケルナーの筆写譜のとおりだったのだろうか?また2つのパルティータが一部の曲しかないのはどうしてだろう?

おそらくケルナーが写譜するに際して、バッハは清書楽譜は貴重なため、草稿をケルナーに渡したのではないだろうか?ぼく自身この研究を始めたばかりだが、すでにソナタ第1番の冒頭のアルマンドに、ケルナーのミスではないバッハの清書との違いを見つけた。

だとしたら「無伴奏チェロ」の場合も、曲はすでに出来上がっていたのだが、清書楽譜が貴重なため草稿をケルナーに渡したのだろうか?いろいろと想像は膨らむばかりである。

追記

バッハ研究者、富田庸氏による非常に示唆に富む文を見つけた。これは「平均律クラヴィーア曲集第1巻」について書かれたものである。http://www.music.qub.ac.uk/~tomita/essay/wtc1j.html

<以下引用、赤字は横山による>
さて、そうして1722年までに初期稿が完成し、最終版として自筆浄書譜が確固たる信念に基づいて記されることになる。その後20年以上も大切に使用され、小さな改訂が継続的に加えられていくことになったが、その堂々とした筆致には、バッハが如何に精魂を傾けて書き上げたかが容易に読み取れる。巻末にはバッハの浄書譜の最後によく見られる『神のみに栄光あれ』(S.D.G)というサインがしてある。バッハがこの時点で出版を考慮した形跡はない。弟子が学習のために必要な場合には、バッハは初期稿に手を加えては貸し、この浄書譜は約20年もの間、弟子には使わせなかった。そういう知られざる史実が弟子の筆写譜に証拠となって存在する。
<引用終わり>

同様のことが「無伴奏ヴァイオリン」や「無伴奏チェロ」に関しても、あったのではないだろうか?

<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ
  1. 2014/04/24(木) 00:51:00|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番のスラー
(バッハ「無伴奏チェロ組曲」第1番のスラーあり楽譜ができました。
こちらからどうぞ。)

バッハ「無伴奏チェロ組曲」のスラーあり版の楽譜を作り出したが、作るに際して、できる限りバッハの自筆譜に近い楽譜作りを目指した。言葉を変えるなら、バッハの自筆譜を復元するということである。

しかしもちろん完全な復元は有り得ない。なぜなら残された資料があまりに不完全だからである。残された筆写譜は4つあるが、そのうちバッハの自筆譜から直接書き写されたのは、ケルナーによるものと、アンナ・マグダレーナ・バッハによるものの2つだけだが、両者とも弓奏弦楽器の奏者ではなかったために、スラーの書き写しが極めてあいまいなのである。

しかも両者がともにバッハの自筆譜から書き写したと言っても、ケルナーはバッハの草稿から、アンナ・マグダレーナはバッハの清書楽譜という異なる原稿から写譜したことはほぼ間違いない。つまりケルナーとアンナ・マグダレーナとの間に食い違いがあったとしても、それが書写しのミスあるいはあいまいさによるものなのか、バッハの原稿からして違いがある(つまりバッハ自身が変更した)ためなのか、しばしば分からないのである。

残りの2つの資料(C資料、D資料と呼ばれる)は、アンナ・マグダレーナの筆写譜を先祖とした後世のもので、弦楽器的にはよりしっかりしたスラーになっているが、これにはおそらく弦楽器の素養がある者の手が加わっており、実用的ではあるが、バッハの自筆譜の復元という点では役に立たないのである。

結局はどのように頑張っても、校訂者の想像するバッハの自筆譜とならざるを得ないわけだが、それでもぼくが見た限り、案外この視点を持った楽譜は、新・旧バッハ全集などを除いて、これまでにほとんどなかった。たいていは「自分はこう弾く」という提案である。

横山版は「バッハはこう書いていたであろう」という提案である。ただしその提案は場所によっては一つというわけには行かず、こうも考えられるし、ああも考えられると、いくつも提案せざるを得ないし、時にはそのどれもが正解ではないかも知れない。誠に頼りないことだが、資料が頼りないので仕方がない。

横山版スラーあり楽譜が、スラーなし楽譜とともにユニークな存在になってくれることを願う。


プレリュード

何せ、のっけからこれである。

アンナ・マグダレーナ
1 Prelude AMB

誰がどう見たって、3つ目と4つ目の16分音符にスラーがかかっている。しかも完璧なまでに。しかしやはりこれは第2小節以降と同じように、最初の3つの16分音符にかかっているのがずれたのであろう。というのは第1小節だけそれ以降と異なるというのはおかしいし、このような3つの弦にまたがるアルペジオにスラーがかかるのは、バッハのヴァイオリン作品に無数に見られるからだ。

バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」第1番フーガ、第70小節より(自筆譜)
この例は「無伴奏チェロ」にかなり似ている
Violin Sonata 1 Fuga

またケルナーの筆写譜では第2小節以降と変わらない。ただし全体的に4つの16分音符にかかっているように見えるため、ディミトリー・マルケヴィッチなどのように、4つにスラーをかけた楽譜を作っている人もいる。

ケルナー
1 Prelude Kellner


アルマンド

アルマンドは組曲第1番の中でスラーを決定するのが最も難しいが、その中でもとりわけ冒頭の2小節は困難である。それはおそらくこの曲が非常に自由に書かれているためでもあろう。全く同じ音形の繰り返しがほとんどなく、似てはいても必ずどこかが違うのである。第11小節と第12小節は完全な相似形(ゼクエンツ)になっており、極めて例外的である。

ケルナー
1 Allemande Kellner

アンナ・マグダレーナ
1 Allemande AMB

ケルナーは何やらふにゃふにゃした曲線でどこからどこまでかかるのかはっきりしないし、マグダレーナは第1小節には1拍ごとにスラーがかかっているように見えるが、第2小節では全くスラーがない。この混沌の中から何を作り出すか、答えはまだ見つかっていない。いっそのこと、この2小節間は全て4分音符2つずつスラーでつないでしまうというのも可能かもしれない。

第3小節の前半に関しては、ケルナーとアンナ・マグダレーナが珍しくほぼ一致しており、小節頭から数えて3つ目から5つ目までのG-F#-Gの3つの音にかかっていると考えていいだろう。

いずれにせよ、ここはバッハが書いたスラーを復元するのは不可能に近く、それよりも次のような和声進行を心に描くことのほうが大事だろう(ここに限った話ではないが)。

1 Allemande

続く


<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ

  1. 2014/04/22(火) 20:35:25|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

バッハ「無伴奏ヴァイオリン」アンナ・マグダレーナの写譜
バッハ「無伴奏チェロ組曲」のスラーあり版を作るにあたって、ぜひ研究しなければならないことがある。それはバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のバッハの自筆譜と、アンナ・マグダレーナおよびケルナーによる筆写譜の比較である。

「無伴奏ヴァイオリン」は「無伴奏チェロ組曲」と同時期に作られたと考えられるが、どちらもバッハの2番目の妻アンナ・マグダレーナと、バッハの弟子(友人とも)であるオルガニスト、ヨハン・ペーター・ケルナーによる筆写譜が残っている。「無伴奏チェロ組曲」のバッハによる自筆譜のみが失われたわけである。

そこで「無伴奏ヴァイオリン」の自筆譜と筆写譜を比較することによってアンナ・マグダレーナやケルナーの写譜する時の癖を知り、「無伴奏チェロ組曲」の校訂、とりわけスラーの決定に役立てようというわけである。この研究は新バッハ全集編集の際に始められたようである。

残念ながらケルナーによる「無伴奏ヴァイオリン」の筆写譜はまだどこにも公開されていないが、アンナ・マグダレーナによるものはバッハ・デジタルによって美しいカラー版ファクシミリが公開されている。
http://www.bach-digital.de/receive/BachDigitalSource_source_00001199?lang=en

(追記、ケルナーの筆写譜もカラー版で公開されていることがわかりました。2つ上の記事を参照下さい)

比較の一例をあげてみよう。
パルティータ第2番のジグ(Giga)であるが、自筆譜では3つの8分音符の最初の2つだけにスラーがかかっているのに対して、アンナ・マグダレーナの筆写譜では3つの8分音符全部にかかってしまっている。この比較は「無伴奏チェロ組曲」第1番のジグの解釈において大いに役立つだろう。

バッハの自筆譜
Partita 2 Giga JSB

アンナ・マグダレーナの筆写譜
Partita 2 Giga AMB

また上の画像において、アンナ・マグダレーナの一番右下に見える6つの16分音符にかかるスラーが、バッハの同じ箇所と比較して、音符一つ分前にずれていることがわかる。

ぼく自身もこの研究を始めたばかりだが、アメリカのチェリストDavid Starkweather氏の研究ビデオをYouTubeで見ることができるので、興味ある方はどうぞ。このビデオではケルナーの筆写譜も資料として利用されている。




この現存するバッハの自筆譜をアンナ・マグダレーナが写譜したことは間違いないだろう。アンナ・マグダレーナがバッハの自筆譜のレイアウトまでなるべく忠実に写そうと努力した跡があるからだ。ただアンナ・マグダレーナの方がほんの少しだけ音符と音符の間が広いため、ほとんどいつも五線が足りなくなって、次の段に移って行ってしまう。しかし何とか取り戻して元に戻しているし、たまにバッハを追い越している時もある。

ただ第2パルティータのシャコンヌの途中からズレが大きくなりだし、収拾がつかなくなって追いつくのを諦めてしまっている。「ああ、もうダメ。もうどうでもいいわ」というアンナ・マグダレーナの声が聞こえて来そうなほど、はっきりと諦めたのがわかるのである。そして最終的にはバッハより2ページ多くなっている。

そして当然のことなのだが、アンナ・マグダレーナが写譜した「無伴奏チェロ」の原稿も、「無伴奏ヴァイオリン」と同等の、最終的なバッハの清書譜だったと考えて良いだろう。このことは極めて重要である。というのは「無伴奏チェロ」の原典版を作る際、どの資料を底本にするかという問題があるからである。


ボウイングについて

基本的にバッハのボウイングは簡潔である。例外は多々あるにせよ、小節の頭はダウンボウで始まる。同じ音形は同じボウイングで弾く。複雑なところはほとんどない。そのことから「無伴奏チェロ」のボウイングも、バッハの自筆譜では簡潔であったと類推していいと思う。


続く

<関連記事>

バッハ「無伴奏チェロ組曲」まとめ

にほんブログ村 クラシックブログ チェロへ
  1. 2014/04/10(木) 15:54:29|
  2. 無伴奏チェロ組曲
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0




| ホーム | 次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。